言うまでもないことだが、鉄道会社は職場が非常に多い。
何より駅の数が膨大である。
JRの内部では、国鉄以来、鉄道電話(通称:鉄電、民営化後の正式名称はJR電話?)という専用の電話網が整備されている。
一般の我々の常識では、固定電話といえばNTTであり、東京は03、大阪は06で始まる電話しかない。しかし、鉄道の世界では、東京051、大阪071で始まる別の電話網があるのだ。
「おい、○○駅の駅長室の番号は何番だ?」
と聞かれた場合、通常は鉄道電話の番号を聞いているのである。
NTTの電話番号を聞く場合は、
「おい、○○駅のNTTの番号は何番だ?」
と、わざわざ「NTTの番号」と付け加えないと伝わらない。
鉄電は内線のように、番号が多く割り振られており、駅で言えば改札、出札、事務室など、社員が働くあらゆる現場にそれぞれ番号が割り当てられている。支社のような非現業であれば、一つの「島」に複数台置いているので、担当者直通である。
そのため、社内の業務用の電話連絡は、通常は鉄電を利用する。
巨大で、時間に厳格な鉄道というシステムは、多くの現場、多くの人によって支えられている。そのため、各現場とすぐに連絡がとれる鉄電は、必須の業務ツールであり、極論すれば、鉄電によって業務が成り立っているともいえる。
さて、鉄電の話は置いておき、鉄道の世界では逆にマイナーな業務ツールとなっている、NTTの電話を見てみよう。
当然のことながら、数は少ないものの、NTTの電話回線も各職場に引かれている。
社員であれば、社外から職場に連絡する場合に必要であるし、外部の企業と連絡を取る場合にも必要になる。
鉄道電話と違い、NTTの電話網は広く一般に広がっているため、一般のお客さまからもかかってくることがある。
私が支社の運輸部に勤務しているときにも、色々な電話がNTT電話でかかってきた。
プルルル、プルルル。
私のそばの電話機が鳴った。呼び出し音も鉄電とは異なるので、NTTの電話だということがすぐに分かる。
(電話機自体は共通で、鉄電でもNTTでも両方使える。)
若手社員の私は率先して、電話機の「NTT」のボタンを押して受話器をとった。
「はい、○○鉄道△△支社運輸部です。」
「・・・」
無言電話だろうか。反応がない。
「もしもし?もしもし?」
「・・・」
いたずらだろうか。
「もしもし?」
「・・・あのー。」
やっと声が聞こえてきた。無言電話ではないようだ。
「はい」
「僕、マニアなんですが・・・。」
(マニアさんですか。それで、どういうご用件かな?)
忙しいところに、長くなりそうな電話を取ってしまった。若手社員なので電話には積極的に出なくてはいけないのだが、貧乏くじを引いたかもしれない。
とりあえず、こちらは黙ってお話を聞くことにした。
「○○線の△△系車両、今は工場に入っていますよね。」
(は?)
鉄道の車両は、数年おきに工場での修繕が入る。しかし、ローカル線の特定の車両の予定など、運輸部社員の、しかも車両担当の私ですら知らない。というか、運輸部でもそんなことすぐに分かる人はほとんどいない。
現場に問い合わせないと分からない、レベルの細かい話だ。
「今は工場に入っていますよね。」
と、あたかも常識のように聞かれても、そんなこと把握していない。
良く知らないが、話を合わせて、
「あぁ、たしかそうだったかも知れませんね・・・」
と、適当に受け答えた。そういえば、この△△系は全国で廃車が進み、現在ではこのローカル線でしか走っていないらしい。そのため、鉄道マニアの方々には貴重な存在なのだとか。
乗客が少なくて困っている路線だが、わざわざ遠くから乗りに来るマニアの人もいるというのだから、私などにしてみれば不思議である。
「工場からの出場の予定を聞きたいのですが・・・。」
と質問されてしまった。最初に長い沈黙があったが、要はこの車両の動向が気がかりらしい。工場から出てこないで、廃車にでもされるのではないかと心配しているのだろうか。
話すテンポも極端にゆっくりで、用件を聞くのにも苦労した。
しかし、これはお手上げだ。困ったものである。そうかといって、鉄道を愛する人の期待を裏切るわけにもいかず、周りの人に助けを求めることにした。
「ちょっとお待ちください。」
私は電話を保留にすると、ちょっと恥ずかしいが立ち上がり、
「すいませーーん。マニアのお客さまから、△△系についてのお問い合わせでーす。」
と叫ぶ。
こういう電話はたまにあり、皆慣れてはいる。しかし、我関せずと見向きもしない人、「変な電話を取っちゃったね」と、ニヤニヤ笑っている人、そんな人ばかりで、ほとんどの人は助けにならない。これでは私が困る。
幸い、
「あいよー、俺が受ける」
と、年配の先輩が引き取ってくれた。マニアの方の扱いも、長年やっていて慣れているのだろう。職場にこういう人がいてくれると、本当に助かるのである。
車両故障を担当している私としては、このような骨董品のような形式が残ってしまうのは、正直に言えば嬉しくない。
故障しないで元気に走り続けてくれれば良いが、故障すると、修繕するにも代替品の調達に時間がかかるし、原因調査、対策をまとめるにしても、私自身がこの車両を良く知らない。
航空業界にしても、格安航空の会社などは、飛行機の形式を統一している。
乗務員の訓練、車両のメンテナンスでも、形式が少ない方が効率的であるし、乗務員や車両メンテナンスの拠点も最小限にできる。
それでも、私の在任中は元気に走り続けてくれた。その後も長年廃車にならず、マニアの方々にも喜ばれて何よりである。故障担当の私が苦労させられることもなく、マニアの方々も喜んだのなら、もともと赤字路線であるし、非効率ながらも生き残ってくれて良かったのだろう。
NTTの電話は、予想もつかない電話がかかってくる。
次回以降も、鉄道会社にかかってくる、NTT電話にまつわる話をご紹介していこう。
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本はまだ出ていないですよ、告知前です(笑)