福知山線脱線事故(運転士の不安)

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売
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福知山線脱線事故(運転士の不安)


カテゴリ:「福知山線脱線事故」

「福知山線脱線事故(事故の日)」から続く

福知山線脱線事故の運転士について書いてきた。
23歳でやや太り気味。4人兄弟の3番目で、彼女はいるが独身。

「福知山線脱線事故(運転士の様子)」

事故当日。彼は、片町線を回送電車で下り、松井山手駅で折り返し、尼崎駅まで営業運転をした後、そのまま宝塚駅まで回送運転した。
宝塚駅では、勘違いのためか速度オーバーで駅に進入し、これに動揺したのか、ATS(自動列車停止装置)の「確認扱い」を行わず、ATSの非常ブレーキで途中停止する。
その後、宝塚駅のホームでは、42歳の車掌に話しかけられても無視している。

「福知山線脱線事故(事故の日)」

精神的に動揺していたことが伺えるが、その背景には何があるのだろうか。

航空・鉄道事故調査委員会は、彼のこれまでの懲罰の件数について、「著しく多くはなかった」として、「運転適性及び運転技術について、本事故の要因となるような異常はなかった」と結論づけている。
しかし、著しく多くはなくても、少なくなかったのも事実で、優秀な社員ではなかった。

入社後、最初の勤務である駅時代に、3分間の遅刻をやっている。
遅刻だけは、鉄道マンとして絶対にやってはいけないことである。
世間的には、たった3分間の遅刻、と思われるかも知れないが、時間に大変厳しい世界なので、これは大きな汚点になったはずである。

余談だが、鉄道の現業では、仕事で大きな成果を生むようなことはないので、個人の評価も、どんなミスを犯してきたかで判断されがちである。
彼の普段の仕事ぶりは分からないが、この懲罰から、彼の社内の評価は想像できる。
接客態度、他の社員との関係、それらが仮に良好であったとしても、高い評価は得られていないはずである。

続く約3年半の車掌時代に、訓告1件、厳重注意1件の懲罰を受けている。

訓告は、各駅停車の停車駅通過である。

快速に車掌として乗務中、遅れが13分になり(原因は不明)、各駅停車扱いにするように運転通告券を受ける。
(「運転通告券」とは、駅員から乗務員に、指令の指示を伝達するもの。)
ただ、この運転通告券には、どの駅から各駅停車かが明記されていなかった。

鳳(快速停車)→津久野(快速通過)→上野芝(快速通過)

という駅の順で、鳳駅で運転通告券を受け取った。
運転通告券

ここに「上野芝駅」という単語があったため、津久野駅から各駅停車なのか、上野芝駅から各駅停車なのか迷ったらしい。
鳳駅の駅員に聞くと、津久野駅からだと言うので、なんとなく納得して発車。
しかし、運転士は津久野駅が近づいてもブレーキをかけないので、やはり上野芝駅から各駅停車かと思い、彼も(車掌用の)ブレーキを引かなかった。

指令の指示は、やはり津久野停車だった。それを運転士も彼も理解しなかったのだが、乗務員のミスとして二人が処罰を受ける。

この場合、乗務員としては、はっきりしない場合には指令に確認する必要があるが、彼はそれを行っていない。
同情の余地はあるが、やはり訓告相当である。

もう1件の厳重注意は、乗務中に立ったまま居眠り。
どうして発覚したかは不明だが、お客さまからの指摘でもあったのだろう。

乗務員としてあるまじき失態だが、現実としては乗務員の仮眠時間も短い場合が多いので、起こりえそうなミスでもある。

懲罰は少なくなく、模範的な社員ではない。ただ、この時点では、若いのでこれからの成長に期待したい、と思われるところでもある。
こうして、彼は無事に運転士になっている。

しかし、運転士になってからも懲罰が発生する。

運転士になったその年、片町線下狛駅で所定停止位置を100m行き過ぎた。
「他事に気を取られ」て、ブレーキが遅れたとのこと。平成16年6月8日。事故の1年弱前である。
これにより、列車は8分遅れになった。

今までの経歴で懲罰を重ねてきた上に、運転士になって早々、このミスを犯したのは大きい。
さらに、このミスには続きがある。

停止位置行き過ぎをした後、彼は「半笑いで京橋電車区に帰ってきて、すぐには指導のところに謝りに行かなかったので、上司の逆鱗に触れて酷く怒られ」たという。

懲罰としては訓告で、京橋電車区で「日勤教育」を13日間受けている。
かなり厳しく指導されたに違いない。

さすがにこの後は彼も落ち込み、同僚の運転士や彼女にも心配された。
ただ、ずっと落ち込み続けていたわけではなく、その後は通常に乗務している。

以上が、彼が起こしてきた懲罰である。
少なくはないが、それについて悩み続けているわけでもなく、精神状態としては平常だろう。
ただ、普段意識はしなくても、忘れたわけではない。これらの懲罰が深く心に影を落としていたに違いない。

事故の1週間前の4月19日(火)、彼は会社で定期個人面談を受ける。

そのとき彼は、1〜2年後は「指導操縦者」になることを希望し、その理由として「これからは続々と後輩達が増えてくると思うので、自分の経験等を活かして自分と同じ失敗をさせないようにしたいです」と述べている。

今まで犯してしまった数々のミス。やはり彼はそれを自覚していた。
それでも彼の将来の希望は、「特急列車に乗務したい」「新幹線の運転士」と、この定期個人面談で述べている。

定期個人面談で、今までのミスを振り返り、同時に将来を見つめたはずだ。
普段は、毎日毎日平常心で仕事に励んでいても、個人面談があれば、過去を振り返って未来について考えさせられる。

彼はこの面談で、今までの失敗を再認識し、希望通りのキャリアを歩めるのか、自分の将来に不安を感じたのではないだろうか。

「福知山線脱線事故(運転士の嘘)」に続く

カテゴリ:「福知山線脱線事故」



福知山線脱線事故については「鉄道の裏面史」で書籍化されました


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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 09:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | 福知山線脱線事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彼の運転士が下狛駅にてオーバーランをしたという一件はスポーツ紙にイラスト付きで取り上げられていたので、乗務員名を覚えていました。後日、偶然その人の乗務する列車の一番前に乗り合わせ、終着駅のホームが見えてきて、手前の分岐器に差しかかっていました。制限速度からすると、接近中の速度がまだ高いのに、何時減速するのか?と見ていましたら、分岐器に入って車体が揺れ出してから強めのブレーキをかけました。結果、列車は1〜2メートル停車位置を過ぎ停車しました。
ふと感じたが、この人には速度、停止距離、ブレーキの強さ、掛け始めの時期を読みとり、対応する勘と云うか、センスに欠けているのでないか?更に厳しく、危険予測力、運転適性が欠けているのでは?と。私は乗用車の教習所の指導員を引退して、商品車両の回送をする乗務員でしたが、適性、実作業ににおいて、何らかの危険行為かそれに準ずる行為が是正されない場合は、乗務を中止させることが必要とされていました。私は、彼のマスコンやブレーキハンドルの扱いなどが他の運転士に比べ、切迫した様子を呈しているのを不審に思いました。彼がオーバーランの実距離を偽申告することに執心したという点からも、如何なる状況においても、絶対に怠ってはならないことが何であるかを誤認し、適切な速度調整を怠った点は、結果が本人の死という点を含めても、同情に値しないと私は思います。乗務員としての起用を忌避する他に無いと思います。
現場指導者の観察眼、車を降ろさせるという決断力が至らなかったと云う点においては、企業側の落度であろう。しかし、実際に意志を持ってマスコンやブレーキハンドルを動かしたのは運転士本人に他ならない。会社は、運転士において、瞬間、瞬間にどんなことが頭をよぎり、どうしようとしているかなど、リアルタイムで掴みきれない。ロボットのようには、コントロール出来ない。
Posted by まさ at 2014年09月15日 05:57
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