福知山線脱線事故(運転士の嘘)

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売
Top福知山線脱線事故 >福知山線脱線事故(運転士の嘘)

福知山線脱線事故(運転士の嘘)

カテゴリ:「福知山線脱線事故」

「福知山線脱線事故(運転士の不安)」から続く

この事故に対するマスコミの報道は、運転士個人に焦点を当てず、JR西日本の体質にクローズアップした。
懲罰的な「日勤教育」、私鉄との競争による無理なダイヤ。この会社には、安全を軽視する風土があった、という。

それでは、その象徴とも見なされた、「日勤教育」の実態はどのようなものだったのだろうか。
そして、この運転士は「日勤教育」でどのような影響を受けたのか。
事故調査報告書を見てみよう。

以前述べたように、彼は運転士になって早々、下狛駅で所定停車位置を100m行き過ぎるというミスを犯している。
福知山線脱線事故の1年弱前の、平成16年6月8日のこと。通勤時間帯の上り快速列車である。

「福知山線脱線事故(運転士の不安)」

しかし、なぜ100mも行き過ぎてしまったのか。

100mといえば車両5両分に相当する。
ブレーキ操作のミスといった技量によるものではない。明らかに異常である。

彼は、区所に戻る前に、京田辺駅で支社の人に事情を聞かれ、「ブレーキを弛めて行き過ぎた」と報告した。

だが、これは嘘だった。

ブレーキをかけていたのに途中で緩め、車両5両分も行き過ぎたというのは、誰が聞いても納得できない。稚拙な嘘である。

この嘘は、すぐに撤回している。
最初から嘘がばれ、助役などの心象も悪い。その状態で、区所で助役などから事情聴取を受ける。

「ウソは絶対つくな、再度嘘をついたら運転できないぞ」

「はい」

事情聴取は、脅し文句から始まる。
(会話文は、実際の事情聴取の文書から、そのまま抜粋してある。)

雰囲気としては、事情聴取というより取り調べである。

では、事情聴取する側は、どのような疑念を持っていたのか。

彼は、ブレーキをかけたのに途中で弛めてしまった、と嘘をついた。
ブレーキを途中で弛めた、というのはあまりにも不自然なので撤回した。
では、これが嘘だとすると、何のための嘘だったのか。
この嘘は、前半の「ブレーキをかけた」という嘘を取り繕うもの、つまり、彼は居眠りでもしていて、ブレーキをまったくかけなかったのではないか、と疑われたのである。

事情聴取では、時系列に沿って聞き取りが行われる。
助役らが、

「どのように通停確認したかやってみろ」

と詰問すると、彼は通停確認の動作をしながら

「下狛停車、4両」

と答える。通停確認は行った。ただ、「通停確認したあと、ボーっとなりました。」と言うのである。

通停確認を行った上で行き過ぎたのか、普段から行っていなかったのか。
ここは大きなポイントである。
会社としては、このような事故を防止するために、運転士に通停確認を行うように指導している。その指導を無視して事故を起こしたのか、忠実に行っていたのに事故を起こしてしまったのか。前者であれば、全面的に運転士の問題であり、このような運転士を乗務させることは、会社として許されない、ということになる。
管理者が常に監視しているわけでもないので、通停確認を行わなくても通常は何の問題もない。しかし、事故を起こしたときには、このような基本動作の有無が大きく問われる。

今回彼は、通停確認は行ったと言い通した。追求するにも、覆す証拠がない。
通停確認は行った。では、それでも100m行き過ぎたのはなぜか。

「意識ははっきりしていたのか、眠たかったとかはないのか」

「少しありましたが、窓を少し開けて目を覚まそうとしました」

事情聴取の後半で、はっきり言わないが、居眠りを認め始める。

原因は居眠り。残る疑念は、どの時点で居眠りになったのか。
彼が主張するようにブレーキをかけた後なのか、それとも、まったく意識がない状態で駅に進入し、車掌に非常ブレーキを引かれて止まったのか。
もしも後者であれば、通停確認を行ったというのも嘘になる。

「車掌に非常引かれて、我に返ってブレーキ採ったのと違うか?」

「そんなことありません」

「絶対に自分でブレーキ採ったんやな?」

「はい」

彼は、居眠りを半ば認めた。これを事情聴取の成果として、追求する側もここで手を弛める。
どこで居眠りを始めたかは、彼の言い分を認め、ブレーキをかけた後ということで決着する。

そして、事情聴取では、ブレーキ中にブレーキを緩めた、という最初の嘘について何度も厳しく叱責された。

「ブレーキノッチを緩めたとなったら精神鑑定されるぞ、もう乗りたくないのか?」

「すみませんでした」

「あれほどウソはつくなと言っただろう、社会人としても失格だ」

「はい」

最後に

「何故、一報でうそをついたのか?」

「隠したい気持ちがあったからです」

(中略)

「うそはいけない事は知っていたか」

「知っています。」

と、この事情聴取は、嘘をついたことに対する叱責で終わる。

彼がつく嘘。これは福知山線脱線事故でも、大きなポイントとなる。

嘘で自分のミスを取り繕うとする運転士は、彼ばかりではない。
運転士の場合、懲罰によっては、本線運転士から外され、車庫の入換運転士になったり、駅に転属させられたりする。それを恐れるので、懲罰が少なくなるように嘘をつく。

彼は、運転士になるまでも懲罰が少なくないし、運転士になって2週間で大きなミスをしており、模範的とは言いがたい。嘘をついたのもひどい。

ただ、嘘を認め、居眠りも半ば認めたのは、まだ素直なのかもしれない。
ひどい運転士であれば、
「ブレーキをかけたけど、効かなかった。車両がおかしかった。」
と、車両のせいにすることもある。

いづれにせよ彼は、これにより訓告処分を受け、13日間の「日勤教育」を受ける。

「福知山線の脱線事故(日勤教育)」に続く

カテゴリ:「福知山線脱線事故」



福知山線脱線事故については「鉄道の裏面史」で書籍化されました


2015年5月新刊
鉄道の裏面史

「鉄道業界のウラ話」
文庫本

単行本

文庫本

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 08:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 福知山線脱線事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック