福知山線脱線事故(日勤教育)

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売
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福知山線脱線事故(日勤教育)

カテゴリ:「福知山線脱線事故」

「福知山線脱線事故(運転士の嘘)」から続く

福知山線脱線事故の1年弱前、下狛駅での所定停止位置行き過ぎにより、彼は13日間の「日勤教育」を受けている。

「福知山線脱線事故(運転士の不安)」

「一日中文章を書いていなければならず、トイレに行くにも上の人に断らなければならないので嫌だ」

これは、高校時代からの彼女が聞いた、彼の「日勤教育」に対する愚痴である。彼が一番落ち込んでいたのはこのときだったという。

また、高校からの友人は、

「『日勤教育』は社訓みたいなものを丸写しするだけで、こういう事をする意味が分からない」

と、彼から聞いているし、別の友人も、

「作文のようなものを書かされた」「日勤教育は厳しい研修だ」

と彼の愚痴を聞いている。


彼が言っていたように、日勤教育の主体はレポートのようである。
では、どんなことを書かされていたのか。

この所定停止位置行き過ぎの事故では、13日間にわたる日勤教育となり、1日目には顛末書、反省文を書いている。

ここまではオーソドックスだろう。1日くらいは、事故を振り返り、自省してもらう必要がある。

そして、反省文を書かせた後は、1日目から5日目の間、同じようなテーマで、タイトルを変えて7回も書かせた。
(9日目にも同様のテーマで1本書いている)
そのテーマとは何か。

実はこの事故の8日前、同じ下狛駅近くで別の運転士が無断で退行運転を行い、運転士を下ろされているのだ。
この区所にしてみると、なぜ同じところで連続して事故が起きるのか、という苛立ちがある。

無断退行で注意喚起を受けているのに、なぜこれを活かせなかったのか。
このことを合計8回も書かせた。
さすがに、5日間も同じテーマでレポートを書き続けるのは辛いだろう。
ちなみに、その8本のレポートの題は

・無断退行の掲示と呼込み指導を受けてどう受け止めたか
・掲示と呼込み指導を受けたとき、事故を起こさないという気持ちがあったのに、何故行き過ぎとなったか
・今後の自山・他山の石の活用
・事故前日、当日の係長の注意喚起について
・今後、注意喚起を受けた後の捉え方
・何故、自分は大丈夫という気持ちになれるのか
・注意力をいっそう喚起されるには(※原文のまま)
・今回、重大事故(下狛無断後退)があった後、同じ箇所で事故を起こしたこと

管理者の苛立ちが表れているようだが、いくらなんでもしつこい。
懲罰的と批判されても仕方がないだろう。

京橋電車区の別の運転士は、以下のように供述する。

「日勤教育のレポートは、指導の係長等が欲しい言葉や言い回しが入っていないと何回も書き直すこととなるが、そのうちに指導の係長等がこう書いた方がよいとか、ここにこれを書き入れるとか教えてくれる。自分ではそう思っていないことでも、それを書かないと乗務させてもらえないと思って、そのように書くとOKとなり、ボールペンで清書してそのテーマは終わりとなる。」

自省を促すというよりも、指導担当の演出どうりに演じる役者のようになってしまっている。演出どおりになるまで、何度も同じようなことを書かせていたのだろう。
しかし、役者になってしまえば、教育効果は乏しい。

もちろん、日勤教育は必要である。事故を起こした乗務員に自省を促し、指導者が様子を観察する期間は必要である。
この運転士も、居眠りにより停止位置を100mも行き過ぎている。
運転士自身も、二度と起こさないように自省しなければならないし、指導者も、彼の勤務態度をしばらく観察し、生活の乱れや精神状況などを見守る必要がある。

しかし、この「日勤教育」はその本来の目的を逸脱し、何のために行っているのか分からない。

その他にも、10本のレポートを書いている。

・自分のうぬぼれについて
・自分の弱いところ、その克服
・自分が理想とする運転士像
・今後どのように変わるのか

と精神論的なものが4本あり、これも3〜4日間、書き続けている。
事故調査報告書も、「(日勤教育は)ほとんどが精神論的なものである」として、批判している。

もともと原因が居眠りであるため、技術的な再教育よりも、心がけが問われるのは仕方がない。
しかし、この日勤教育は、点呼を受ける運転士から見えるところで行っている。
さらにその点呼では、この事故の内容を各運転士に読み上げさせ、「あなたならどうしますか?」という注意喚起まで行っている。
明らかにさらし者である。精神論的な教育でも、受講者は前向きに取り組めないだろう。

懲罰的な教育が、安全上も悪い風土を生んだ。
これが、事故調査報告書が暗に示している事故の背景の一つである。

この日勤教育のレポートにもあるように、起きてしまった事故は、それを社内で自らの戒めとして捉え、再発防止に取り組まなければならない。
しかし、懲罰的な教育で社員を萎縮させれば、会社の風通しが悪くなり、事故も活かされない。

嘘は絶対に言うな、とは教育しているが、逆に嘘をつかせる土壌を生んでいる。
人事的な懲罰だけでなく、精神的に追い詰める懲罰が待っているのであれば、ミスは余計に隠したくなる。

「福知山線脱線事故(運転士の嘘)」

これが、事故を起こしたJR西日本の実態だった。


カテゴリ:「福知山線脱線事故」

「福知山線脱線事故(宝塚駅)」に続く



福知山線脱線事故については「鉄道の裏面史」で書籍化されました


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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 10:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | 福知山線脱線事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日勤教育では従業員の方が
精神疾患を患うのではないかと心配しています。
重要な仕事で教育は必要でも、
不当な恐怖で管理してはプレッシャーが増える
ばかりではないでしょうか。
Posted by いまさらですが at 2010年12月21日 17:42
>不当な恐怖で管理してはプレッシャーが増えるばかりではないでしょうか。

同感です。
Posted by 佐藤充(管理人) at 2010年12月21日 23:25
ご返事いただけると思わなくて驚きました。
ありがとうございます。
突然お邪魔してすみません、
実は知人が今真っ最中らしく、相当沈んでいたので思わずコメントしてしまいました。
一方の意見だけで判断するのは危険だとわかってはいるんですが…。
ただ、再発防止に正当な、スキルを上げるための再教育の制度を作り上げてほしいものです。
Posted by いまさらですが、です at 2010年12月22日 11:39
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