一般社員と経営者

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売
Top鉄道会社の知られざる社風 >一般社員と経営者

一般社員と経営者

ちょっと汚い描写だがご容赦願いたい。

タバコを吸わない私は、仕事中に気分転換したくなるとトイレに行く。
それほど逼迫していない状態で行くので、なかなか用が済まない。
小便器の前に立ち、ボーっと考え事をして、頭の中を整理する。

「おっ、○○君。どう?元気にやっているの?」

隣で用を足している人から声を掛けられた。
気を緩めていたので気づかなかったが、隣は社長。本当はこちらから声を掛けなければいけないシチュエーションだ。

「あっ、お疲れ様です。はい、元気にやっております。」

「忙しいのかい?」

「例のプロジェクトが佳境なので大変ですけど、なんとか。ただ、スケジュールはやはりタイトです。」

まだ若手に分類される私は、社長と直接話をする機会はめったにないが、社長と顔を合わせたときには、現場の状況をそれとなく伝える。
現場で大きな問題が発生すれば、会社も現場を支援することになるので、その兆候があるかどうか、短い会話で報告しておく。いざというときにスムーズに事が運ぶようにしているのだ。
これは会社を背負っている社長にとっても重要なコミュニケーションである。
社長は、現場を直接指示することはないが、現場の雰囲気を感じつつ舵取りをするので、一般社員に声を掛けることを重視している。火の手が上がりそうな現場を察知するだけでなく、社員の士気もつかもうとしているのだろう。

「そうか。大きいプロジェクトだから大変だと思うが、頑張って。」

このトイレでの会話で、私のプロジェクトは楽ではないものの「なんとか」なっている、現在は大丈夫だがリスクは少なくない、というようなことを社長と共有した。
社長は、社員の士気についても懸念を持たなかっただろう。この現場はまだ、社長が注意を払う心配はない。

ところでこの会話は、鉄道会社での出来事ではない。私が現在勤めている会社での出来事である。

社長の位置づけというのは、それこそ会社によって、あるいは業界によって大きく違う。
創業者の写真が社内のいたるところに掲げられ、宗教の教祖のように祭られているところもあれば(鉄道会社でも、西武鉄道の創業者が古墳のような巨大墳墓に眠っているのは有名になった。)、一方で、外資系企業の日本法人などでは、社長は「社長」という役割を果たしている人に過ぎないという、ドライな認識しか持たないところもある。

私の現在の会社は後者に近い。
私個人は、重い責務を負っている社長を尊敬しており、当然、接するときには失礼のないように最大限の気配りをしている。
しかしそれ以上に、社長と自分は業務上のみの関係であり、失礼がないようにはするが、平伏しているわけではない。
そういう意味で、社長と平社員は身分が違うわけではなく、果たす役割が違うだけだと思っている。社長と会話をするのも、緊張感を伴ってはいるが、ためらうことはない。

一方、鉄道会社は高いピラミッド型の組織なので、そこまでの風通しの良さはない。
社長といわず、経営陣ともなれば雲上人であり、極端なことを言えば、影を踏むことも、同じエレベータに乗ることもためらわれるような雰囲気がある。
宗教じみた個人崇拝はなくても、上下の隔ては厳格である。

鉄道会社でも、当然、現場第一主義を掲げ、現場とのコミュニケーションが大事であるとの認識は共有される。しかし、上意下達で中間層の厚いピラミッド組織のため、トップと現場の会話は盛んではない。
(そもそも会社に敵対する労組も多いので、そんなことはありえない。)
トップは、以前に一緒に働いたことのある少数の人々を社内人脈にして、現場第一線とのホットラインを持つ人がわずかにいる程度である。
「幹部社員による現場社員との対話」というのが開催されることもあるが、イベント的で、厳しい言い方をすれば、芝居のように見える。会社が現場を大事にしている姿を社内で宣伝する意図が見え、開催する前にシナリオが決まっているのが感じられる。

「今度、大卒総合職社員で勉強会を企画する。」

こんなお触れが、ある支社で流れた。勉強会とはなんだ?英語の勉強でもするのか?そもそも、担当業務がまったく異なる人たちを集めて、共通の勉強テーマなんかあるのか?
こんな疑問を感じて勉強会の内容を問うと、

「総務部長を呼んで、会社や支社の方針をお聞きするのだ。」

という。会社や支社の方針は、ごく限られた人々の間で練られ、実行するときには上意下達。だから、偉い人からその背景にある会社の考えを聞いて、それを奉じて業務にあたるのが「勉強」となる。
会社の「思い」と一般社員の「思い」が直接触れ合うのは、社内でのトップと社員の何気ない会話ではなく、勉強会であったり、酒の席になる。
これらは、一般社員の方が席を設けて偉い人に近づくことで成り立つ。

宣伝の臭いが強い、芝居のようなイベント。勉強会や酒席で、組織の意思を受け止め、人脈を形成する。まるで政治の世界のようである。

このトイレと勉強会の例で、経営陣と一社員の関係が会社によって大きく異なるのがわかるだろう。
社員にとってどちらがいいかは個人の問題である。現場業務に励むには、どちらの環境でも大差ない。
ただ、業務の中で経営との一体感を感じたい場合、鉄道では、トップの意向を恭しく聴いた上で従順になるか、自ら偉くなってトップに近づくしかない。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道会社の知られざる社風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/65540072

この記事へのトラックバック