無実で痴漢の容疑者になったら

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売
Top鉄道会社の知られざる社風 >無実で痴漢の容疑者になったら

無実で痴漢の容疑者になったら

「ちょっと、触ったでしょ!」

私が鉄道会社を退職した後のこと。帰宅ラッシュの通勤電車で女性が大きな声を上げているのを、少し離れたところで見かけた。
声の主は30代、もしくは40代と見受けられる若くはない女性。満員電車で大きな声を上げるのは度胸のいることだが、度胸は十分ありそうな人である。

「触ってない!変なことを言うな!」

頭の禿げ上がった、小太り、50代ぐらいの男性が、負けないくらい大きな声をあげ始めた。
どういう状況かは、車内の人はすぐに理解できた。女の人は痴漢されたと怒っており、容疑者となった男性は言いがかりをつけられたと怒っているのである。
(言い逃れの抗弁かもしれないが。)

「ふざけないで!警察呼ぶわよ!」

痴漢をしたあげくに、謝るどころか大声で言い返してくる男の傲慢さに、女の人はますます怒りのボルテージをあげる。女の敵、絶対に許してなるものか、という気持ちである。

「上等だ!俺はやっていないんだ!」

真相のほどはわからないが、もしも冤罪であれば、男の方も我慢ならない。
いつもどおり通勤電車に乗っているだけなのに、突然見知らぬ女に犯罪者に仕立てられてしまったのだ。それも公衆の面前で。こんな屈辱は絶対に許せない。

「次の駅で降りなさいよ!」

「おう、降りてやる!」

「逃げないでよ!」

「やっていないって言っているだろ!誰が逃げるか!」

周りで見ている乗客も、チラチラ様子は伺うが、立ち入ろうとする人など一人もいない。本当に痴漢があったのかな?男と女の顔を見比べながら想像してみるが、中年の男女だけにそれほど興味もわかない。どっちでもいいのだ。
世間というのは人を見た目で判断するものである。
痴漢を受けた女性が中年ではなく、か弱い女子高生であれば、正義感を燃やして、

「どうしたの?痴漢?」

と声を掛ける男性も現れるかもしれないし、容疑者の男性も、頭の禿げ上がった、小太り、50代だけに、それだけで周りから容疑濃厚の目で見られてしまう。

私の印象としては、
(本当に痴漢をしたのなら、ここまで抗弁するかな?正直、相手の女性も中年だし…。たぶん、混んでいるから、意図せず男の手が女の尻にでも当たっただけなのだろう。)
とは思ったが、真相はわからない。
二人は大声を上げながら、ともに怒りが収まらなくなり、手がつけられない状況になっていた。

さて、次の駅で降りた二人、その後、駅員が呼ばれ、駅員に連れられて駅事務室に行くことになるだろう。
駅事務室では、女性は男性と離れたところに案内され、駅員から、被害を受けたか、警察を呼ぶかどうかを聞いてもらえる。
男性はといえば、言い分など聞いてもらえず、女性が警察を呼べば犯罪者になるだけだ。
警察が到着すると、警察は女性の被害を聞き、男性に容疑を認めるかを尋ねる。男性が容疑を認めず、女性も許さないとなれば、警察は男性を署へ連行する。
男性が警察署で飽くまで無罪を主張すれば、「強情なふてぶてしい奴」との心象を警察は持つ。そうなると警察の威厳にかけて検察に送られ、立件される。
日本の司法は圧倒的に検察有利なので、証拠が乏しい痴漢事件では、無実の証明ができないと有罪になってしまう。「疑わしきは被告人の利益に」とは言うが、現実は弁護側は弱いのである。
痴漢事件でも、容疑者の手に残った繊維などの捜査手段はあるが、人を疑うことが商売の警察で、そこまで公平に、手間をかけ調べてくれるとは限らない。

あなたが男性で、無実なのに痴漢の容疑者にされてしまった場合、駅員なんかに期待してはいけない。
駅員は、痴漢があったかどうか公平な立場で裁いてくれるわけではない。
被害の訴えを無視すれば問題になるので、警察を呼んで欲しいと言われれば機械的に呼ぶだけである。
そのうえ、駅員に連れられて駅事務所に行くと、それは「私人による準現行犯逮捕」ということになるらしい。
警察も、
「本当にやっていないなら、署で話をゆっくり聞くから」
と、任意同行のように見せかけて警察署に連れて行くが、これは逮捕された容疑者を連行していることになる。もはや、外部への連絡は制限され、帰宅などの自由は奪われてしまうのだ。

無実なのに痴漢の容疑者になってしまった場合、後ろめたくなくても、駅員についていってはいけない。

「私は痴漢などやっていません。本当です。」

と誠意を尽くして被害者を説得する。駅員も警察も、女性の訴えを基づいて動き、あなたの訴えに基づいて動くわけではない。無実を主張して怒鳴っても、相手が怒れば自分が不利になるだけなのである。
 説得しても、相手が納得してくれない場合、

「私は痴漢をしていないので、駅事務所に行きません。」

と言って、立ち去るのが正解なのである。卑怯のように感じるが、後ろめたくなければなおさら、何といわれようと立ち去るのだ。誠意を見せるために連絡先を教えてもいいが(その後、女性はあなたを訴えるかもしれないが)、その場で「準現行犯逮捕」されるよりは、はるかにましである。
後日警察が来れば、

「逮捕状はあるのですか?」

と応じ、警察が裁判所から逮捕状を取得し、あなたに提示された場合のみ従うだけである。そのまま駅事務所に行けば「有罪行きベルトコンベア」(「ぼくは痴漢じゃない!」(鈴木健夫))に乗るだけに、大きな差である。
女性が立ちはだかったり、正義感に燃える駅員に腕を捕まれて、立ち去ることができなくなれば弁護士を呼ぶ。顧問弁護士などいなくても、弁護士会の当番弁護士を呼べば良いのである。最低でも家族に連絡し、弁護士の手配を託してから警察に会わなければならない。

満員電車に乗るときには、弁護士会の当番弁護士センター(都道府県別)の電話番号は調べておく。(当然私も携帯に登録している。)この世から痴漢をする犯罪者がいなくならない限り、痴漢の冤罪を被る危険性は、男であれば誰にでもあるのである。
痴漢は憎むべき卑怯な犯罪である。被害者の女性を苦しめ、罪なき男性を冤罪に陥れる土壌を生む。

駅員は、容疑者を駅事務所へ連れて行くことの意味の大きさを自覚していない。無実のあなたを守るのは、駅員ではなく自分自身だけである。

 (参考文献)
 「ぼくは痴漢じゃない!−冤罪事件643日の記録−」
                       (鈴木健夫)新潮文庫
 「痴漢『冤罪裁判』 男にバンザイ通勤させる気か!」
                       (池上正樹)小学館文庫





posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:52 | Comment(8) | TrackBack(0) | 鉄道会社の知られざる社風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
当番弁護士の携帯登録、しました。男性側の防衛策として、必須ですね。知識として知ってはいても、いざというとき、思いつかないと意味がないですからね。最近、某紙に出ていましたが、女性客に近づかないというのも有効ですが、なかなか難しい。

ちなみに私の心得です。
第一:必ず座ること。
これが絶対。痴漢冤罪に巻き込まれるケースの大半が立ち客同士。だから、始発の各駅停車を選ぶ、車端部の席を選ぶ、ラッシュ時の場合は優先席でも座ってしまうなどの工夫をしています。
第二:必ず窓側席を確保(新幹線、特急、ライナー等のケース)。窓側席は、後から座ってくる客に対してイニシアティブがあるのは否定できません。やむを得ず通路がわに座る場合、先客が男性の席を選びますね。
第三:マナー・ルール違反の女性を見かけても、自分からは絶対に注意しない。黙って立ち去るか、乗務員、駅員、警備員から注意してもらうようにしています。「高齢者を立たせて優先席を占拠」「化粧」「飲食」「音漏れ」「折り返し乗車」「自分勝手な隣席ブロック」・・・。腹立たしいですが、若い世代の人は、概して見知らぬ人・権限や責任のない人に注意をされる・苦言をされることに不慣れです。たちの悪い女にかかると、「この人痴漢です!」と叫ばれるリスク大。
第四:自分の乗車マナー・エチケットを徹底する。
荷物が他人に触れないようにする、座席の奪い合いをしないなどして、他人に付け入る隙を与えない。
Posted by Via at 2008年03月31日 08:35
Viaさん

こんにちは。さっそく当番弁護士の電話番号登録していただいたのですね。
書き込みもしていただき、ありがとうございます。

私もViaさん同様、対策をしています。
まずは座ることですね。座れなくても、空いている電車を待つようになりました。田舎じゃないので、1、2本電車を待っても到着時間にそれほど差がなく、最低でも手すりにつかまれるポジションを取れば、読書にも専念できて時間的には有効かと。

本当に痴漢に間違われたら、まさに人生が崩壊しますからね。年を取るに従って、こういうリスクに注意深くなりました。

私も中学生のとき、塾に行くときに乗った満員電車で、女性にキッとにらまれたことがあります。その瞬間、なんでにらまれたかまったく分かりませんでした。後で思い返してみると、どうやら降りるときに手が女性の尻に当たって、痴漢に思われたようです。
当時は自分自身を子供だと思っていたので、大人の女性にそんな目でにらまれたことが大変ショックでした。

これを読んだ方の中には、混雑した電車に乗ることを避けられない人も多いでしょう。万全の対策は取れないかもしれませんが、せめて地元の当番弁護士の連絡先は控えておきましょう。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/committee/list/keiben/keiben_c.html
Posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 2008年03月31日 22:52
車内で、女性の男性に対して警戒心・不信感が強いのはなぜか。以下、まったくの私の偏見ですが。

公共の場で、レディース・ファーストが定着していないため。また、古い言葉で言えば、婦女子に対する男性の気配りが欠落しているため。むしろ、男の側に「女が何だってンだ」っていう気風が未だに残っているから。

その好例というか、極端な例が、犯罪行為である痴漢であり、わいせつ行為です。(痴漢等をはたらく輩というのは、レディース・ファースト以前に、己の欲望剥き出しの生まれっぱなしなのでしょうが)痴漢まで行かなくても、相手が若い女性であるのを良いことに、優先席だから譲れの携帯メールがどうのと因縁をつける 割り込む、座席を強奪する、必要以上に幅を取る(二人がけの席で、女性側のスペースにはみ出す)という男どもがいるのを、時折見聞きします。

痴漢冤罪の原因をこれと決めることはできません。ただ、男性が「どうせ電車内のトラブルだからいいじゃん」と、迷惑行為を適当にお茶を濁す傾向があるのに対し、女性の側は身の危険と心底からの怒りを感じ、どしどし法的手段に訴えるべしと考えている。この辺の認識の違いが関係しているのかな、と思っています。

余談ですが、女性=見世物、思い通りになるもの、というイメージを持っている男性が少なくないのでは?これは、各種の性風俗産業、アダルト的な商品が不況知らず、というのを見ると分かるはず。鉄道で働く女性社員を、興味本位で必要以上にメディアが取り上げる、各種のブログに個人が特定されかねない書き込みがなされる(行路のこととか、どうみても組織の内部の者が流している書き込みも散見!)というのも、私はあまり好ましく思っていません。
●●線でも女性車掌初登場とか、女性管理職第一号登場とか。私の知る元女性社員数人も、そう感じているといいます。
Posted by Via at 2008年04月02日 18:57
私が以前バイトをしていた駅でも痴漢が出て、実際に対応もしましたが、うちでは一応、疑われた男性を一応「お客様」として丁重に扱う様にしていました。

冤罪が問題になっている最近は、証拠も無く、現行犯逮捕でも無い以上、駅係員はあくまでも、「駅事務所にお越しいただく様にお願いする」という立場を取る様、指導されています。逃げる姿勢もとっていないのに、腕を掴む、扉に鍵をかける、無理矢理事務所に連れ込む、高圧的な態度を取ると、逮捕監禁で逆に訴えられる恐れがあるとのことです。

実際に自分が対応したケースですと、20代の女性が痴漢の被害を訴え、車内から出てきたのは50代の男性でした。しかし、多少驚いてはいるものの落ち着いた口調で「私は、痴漢などやっておりません。警察を呼んでいただいても構いませんが、職場にだけは電話させて下さい。遅れてしまいますから。」と言って、素直に事務所まで来てくれました。こちらもすぐに警察を呼び、その際、「男性が実際に痴漢をしたという証拠もなく、目撃証言も無い状況です」と言うと、警察官が4人程来て(普段は2人程しか来ません)、女性に話を聞くのはあたりまえですが、男性にも、結構おだやかな口調で色々と質問していました。

30分程、実際に車内でのお互いの立ち位置や手の位置、お互いの供述内容をすりあわせてみると、どうやら女性の勘違いか、少なくともこの男性が痴漢をしたとは考えられないとのことで、その場でお互いに和解をして帰っていきました。

最近は、警察も男性側の言い分を聞いてくれる様になったんだなあと個人的には感じる様になりました。
もちろんすべての警察官がこんなに親切に対応してくれるかはまだわからないので、過度な期待はしないほうがいいかもしれませんね。


個人的に対応した中で、「やってない」と言いながらも、挙動や言動が不審な男性は、事務所で警察官に事情を聞かれているうちにボロがでて、連行されるケースが多かったです。そういう意味では、警察による取り調べも、「自白の強要」ばかりではなさそうです。
Posted by くらげ駅員 at 2008年04月05日 12:20
くらげ駅員さん

書き込みありがとうございます。とても参考になりました。

くらげ駅員さんが対応された男性は、とても冷静だったようですね。
痴漢に間違えられれば、激しく動揺するものです。職場、家族に知られ、信じてもらえなければ、これほど辛いものはありません。
また、そんな気が全くないのに女性に痴漢呼ばわりされれば、
「誰があんたなんか触るものか!」
と逆上してしまいそうなところです。
でも、被害者の女性と喧嘩になれば、くらげ駅員さんのケースのように女性も納得してくれないし、そうなると警察も署に連れて行くことになるでしょう。
この記事でも書いたように「誠意を尽くして被害者を説得する」のが大事でしょうね。
Posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 2008年04月06日 22:01
1年以上たってからのコメントですいません。

私は東京都心の大学に通う4年生なのですが、現在JR宇都宮線を利用しています。土呂駅から湘南新宿ライン直通をよく使うのですが、朝のラッシュ時は必ずグリーン車を利用します。750円かかりますが、第一に痴漢冤罪予防目的なので出費は惜しみません。

都心のキャンパスに通う前から綿密な路線調査をして中距離列車で普通列車グリーン席のある路線を選びました。宇都宮線、高崎線方面から新宿へ向かう湘南新宿ライン南行きは、グリーン車もかなり混雑しますが、流石に痴漢冤罪が起きかねないほどではありません。

しかし、普通列車グリーン席は東海道線、横須賀・総武快速線、宇都宮線、高崎線、常磐線、湘南新宿ラインしかないですよね。中央線や埼京線、東急田園都市線などのオールロングシート車で通勤している方々は御苦労されているようです。

私は大学を卒業後は故郷の徳島へ帰る予定です。
大学生活の4年間に東京の通勤ラッシュに直面するのはいい社会勉強かもしれませんが、社会人としてはまさに地獄だと思われます。

長文失礼いたしました。
Posted by 徳島系 at 2009年06月20日 04:32
徳島系さん

中距離列車だと実際の痴漢も多いでしょうから、反面、冤罪も生まれかねないですね。
何度か痴漢を受けた人が、再び被害を受け、今度こそ絶対に許せないと加害者の腕をつかんで突き出したら、犯人ではない人の腕だった、ということもあったそうです。
超混雑の車内では、こういう間違いも発生しかねないですよね。
Posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 2009年06月20日 23:11
お返事ありがとうございます。
ちょっと語弊があったようで、痴漢冤罪が起きかねないほど混雑はしないというのは、普通車ではなくグリーン車の方です。
失礼しました。
Posted by 徳島系 at 2009年06月30日 00:39
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/91655529

この記事へのトラックバック