就職の現場(運転士・駅)

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売

運転士の眠い昼下がり

電車の運転台。子供の頃あこがれなかっただろうか?
前面に広がる風景を独占でき、電車を動かせる。

鉄道会社に勤めても、誰でも運転できるわけではない。電車の運転にも免許があるわけで、社員も長い訓練を受け、試験に合格しなければハンドルを握ることはできない。

しかし、運転手にならなくても、運転こそできないものの運転台に座ることはできる。
大卒の総合職採用で入社すると、配属前の「実習」で数日間、運転手の横に座って一緒に乗務する機会があるのだ。

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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 14:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鉄道警察とホームレス

郊外のターミナル駅中央口。

その日は、ここの改札勤務だった。

改札鋏(かいさつきょう)をガチャガチャ鳴らして、すべてのお客様の改札を行っていたのは昔の話。
今は、自動改札の監視や、窓口に来られたお客様の対応をする。

正直、何もなければ退屈なぐらい平和な勤務だ。


そこで、退屈しのぎというわけではないが、勉強も兼ねて改札口周辺の人物観察をすることにした。

普段とは異なる視点で改札口を眺めてみると、やはり面白い発見があった。



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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 15:46 | Comment(1) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台風で混乱する駅と指令

秋は台風の季節。当たり前の話だが、台風が来れば鉄道ダイヤも乱れる。

海のそばや、川をまたいで走る線区では、風速計が規定値を超えて、徐行運転や運転中止になる。
水が集まるような低地、増水する河川のそばでは、雨量計が規定値を超えたり、実際に線路が冠水したりして運転できなくなる。

では、山の方ならば大丈夫なのか?
そうはならない。
雨で地盤が緩むと、土砂崩れが発生したり、木が倒れ掛かってきたりして運転できなくなる。
この点は特にローカルが弱い。軌道の周りは自然がいっぱいあるし、メンテナンスにかける費用も抑えられている。


筆者が支社の非現業部門で働いていたある日。これから寝ようかと思っていたところに電話がけたたましく鳴った。


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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 11:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

説教は続くよどこまでも(1)

ローカル線区以外ではほとんど自動改札が導入されたため、「キセル」という言葉もあまり使われなくなった。
「キセル」というのは、A駅からB駅まで乗車する場合、途中区間の切符を購入しない不正乗車のことである。煙管(キセル)が吸い口と先端のタバコを乗せる部分が金物で、途中が木製になっていることから、この不正乗車のことを「キセル」と呼ぶ。

自動改札が導入されるまでは、「キセル」は一般の人も当たり前のように行っていた不正乗車である。逆に、まともに運賃を払う方が「律義者」と言われたぐらいだ。

例えば、休日などに定期区間外の駅に出かけたとする。行きは下車駅で定期券を提示し、定期区間の駅からの運賃を精算するのだが、帰りはどうするか?本来ならば定期区間の駅までの切符を購入し、下車駅は定期で出場する。
しかし、乗車駅で定期区間までの切符を購入しようが、最低運賃で乗車しようが、車内検札でもない限り誰にも知られない。(近距離列車で車内検札を受けることは、まずない。)

このようなシステムでは、正規運賃を購入する方が「珍しい律儀者」になっても不思議ではない。不正を誘発するシステムだったのだ。

しかし、自動改札になって事情は変わった。
自動改札から出場するには、入場記録のある切符を通さなければならない。最近のICカード型の定期では、わざわざ定期区間までの切符を別購入しなくても、プリペイド金額が自動改札の入出場で勝手に落とされるようになったし、ICカード以前でも、2枚の切符を投入できる自動改札により、入場記録、途中区間の運賃不足を機械がチェックできるようになった。

これは、非常に大きな自動改札の効果だった。
自動改札は要員効率化の手段として(当初は機械が改札するのを"味気ない"と言われたりしたが)華々しくデビューしたのだが、人間よりも優れた能力を発揮することができたのだ。

人間の改札は入場記録のチェックなどできないし、そもそも切符や定期をはっきりチェックできない。定期券の日付をチェックすることに注力すれば、定期区間のチェックはできなくなり、定期区間をチェックし始めると、日付までは確認できなくなるものだ。

改札に立つ駅員の中でも不正を摘発する名人は、まず怪しい素振りの人を見つけて、その人を狙い撃ちで切符・定期をチェックする。定期をはっきりと見せないようであれば

「恐れ入ります、もう一度見せていただけますか」

と足止めをして摘発。
いづれにせよ、このレベルの関所だったわけだ。
これが自動改札を導入すると、乗降客が多い駅などでは1日の売上が百万円単位で変わったという話も聞かれた。

日常的にキセルをしていた人たちにとっては、実質値上げ?なのだが、おかげで公平に運賃を払ってもらえるシステムが確立した。

さて、昨今でもキセルは駆逐されたわけではない。ローカルの無人駅からの乗客が多い駅では、入場記録がない人を自動改札ですべて止める訳にはいかない場合がある。
自動改札は入場記録の有無を検地できるのだが、あえて入場記録がなくても通すのだ。

そんな駅を利用している人にとっては、いまだに「キセル」は習慣になっていて、普段は罪の意識を感じることすらない。
しかし、道路の検問と同じで、駅の改札でもたまに検問を行うから要注意。

ある駅で、普段は入場記録のなくても自動改札を閉じていなかった駅が、ある日「検問」を行った。

「ピンコンピンコン」

人の良さそうなご婦人が自動改札を通ろうとしたときに、警告音とともに扉が閉まった。

「あれ?」

普段は問題なく通れる自動改札が閉まってしまう。「まずい!」と思う前に「おかしいな」という気持ちが先に立ってしまった。それくらい罪の意識は希薄なのである。改札の窓口を見れば、駅員がこちらを見て、目で呼んでいる。「磁気が読み取れないのかな?」無邪気にもそんなことを思いながら窓口に行った。

「お客さん、どちらからご乗車されました?」

「えっ…。あっ、隣の○○駅ですけど…。」

「○○駅で自動改札は通りましたよね。」

最初からお客を犯人扱いできない。
(おばはん、キセルでしょ?今日は取り締まっているんだよ。)
こんな心中は表に出さず、事実のみ確認。

「えぇ、通りましたけど…。」

さすがにご婦人も、いつもやっている手口が本当はやってはいけないことであることを認識し始めた。
本当は、パートの仕事が終わった後、定期区間外の駅まで足を延ばして用事を済ませ、そこで最低運賃の切符で入場、乗り換えの駅(定期区間内)で夕飯の買い物をしようと思って定期券で自動改札を通ろうとしていたところだった。
(まぁ、こんなところだろうとこちらの勝手な推測。)
とっさに、定期区間内の隣の駅名を言った。それならばこの定期券で出場できるはずである。今日から自動改札の機能が変わったのか?このご婦人はまだ事情が分からない。

「あのね、わかるんですよ。この切符、自動改札を通った記録がないんですよね。」
 
「…」
 
「ちゃんと切符買わないとダメですよ。」

ご婦人が口にした「隣の○○駅」は自動改札が入っている。悪事露見。
相手が悪気のなさそうな人だったので、駅員もお目こぼし。ここまでの正規運賃の請求もうやむやに、目線をそらして、暗におばさんを逃がしてあげた。(今回の正規運賃ぐらいは請求すべきだと思うのだが。)

おばさんも駅員のその態度を確認し、小さくコクリ、コクリとうなずくように首を動かしながら、一歩、二歩と改札の外に体を動かし、最後はそそくさと立ち去った。見た目しっかりとした人が、不正を目の前に突きつけられ、みっともない様である。

「あういうオバサン、どうやって子供を育てているのだろうねー。」

おばさんはお目こぼしをしてもらったが、これだけで十分恥ずかしい思いをしたに違いない。日常では子供をしっかりと育て、家庭を守る立派な女性であろうに、このときは罪人になってしまった。このときプライドは崩れ去っただろう。

たとえ普段は大丈夫でも、わずかなお金のために、つまらないことをしてはいけない。一生、思い出すたびに赤面することになる。
posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 22:39 | Comment(11) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

説教は続くよどこまでも(2)

前回は、不正乗車を行った婦人がお目こぼしを受ける話を書いた。
当然のことながら、いつもそんな寛大な処置が行われるわけではない。

ある朝、駅事務所の会議室に女子高生が連れていかれた。不正乗車の発覚である。
(自動改札が普及した今日ではほとんど発生しないが)定期券を使ったキセルを日常的に行っていたらしい。

定期券は学校の最寄駅から隣の駅までの最短区間だけで、自宅からは130円の切符で乗り込む。(自宅は学校の隣の駅ではないので、定期券の区間と切符の区間の間が不正乗車区間である。)
親からは正規の定期代をもらっておいて、キセルで浮いた金を着服していたのだ。

女子高生が捕まった話は一般の駅員にも伝わり、会議室は暗黙の内に出入り厳禁になっていた。
それにしても、終わる気配がない。女子高生が会議室に入ったのは朝の通勤時間帯だが、10時になっても、10時半になっても終わらない。

「女子高生はどうなったんですかね?」

通勤ラッシュが終わって一息ついた頃、若い改札の駅員が先輩に尋ねる。
自分も数年前は高校生なので、気になって仕方ない。

「まだ続いているみたいだな。最初は○○助役が相手していたようだけど、△△助役に代わったみたいだぞ。」

先輩の方も、関心なさそうな顔をしているわりには耳が早い。
かわいい娘なのかな、女子高生に説教できるなんて助役も役得だな、なんてことを本当は考えている。

そういうよこしまな考えを別にすれば、概して一般駅員の気持ちは複雑である。不正を続けていた女子高生に対する怒りもあれば、つまらないことをやって説教を受け、世間に知られ、青春の一ページが汚れることに同情もしていた。いずれにせよ、心中穏やかでない。

警察の取り調べはドラマなどでご存知の方も多いだろう。取調官が次から次へと入れ替わる。
その道のプロである警察は巧妙で、威圧するタイプが取り調べるかと思えば、雑談を振ってくる一見人情派のタイプも取り調べる。取調官を代えることで、口を割らない人から供述を引き出したり、別の人が同じ質問をして、供述の微妙な違いから矛盾を追及する。

駅員の不正乗車の対応は、さすがに警察の取調べとは比較対象にもならないが、応対する人を代えながら延々と続くさまは似ている。黙して語らない相手だと、一人では続かないためだろう。

会議室では、女子高生を相手に助役が同じ話を繰り返していた。
女子高生と二人きりで会議室というのもすごいシチュエーションだが、楽しい雰囲気ではない。

「あのね、こういうことをやってはいけないことは分かっていたでしょ?」

助役が話をしても、女子高生は顔も上げない。

「もう学校が始まる時間でしょ?連絡先だけ教えてよ。お母さんは?」

逮捕、監禁というわけにはいかないので、さっさと済ませたいのが助役の気持ち。そのうえ、こんな子供のような女子高生を相手にしても仕方ないので、お金を払える保護者を呼んで手続きを進めたいところだ。

駅の方も、ここまで来てしまったら、ウヤムヤにして解放させるわけにもいかない。女子高生も親や学校には知られたくない。どっちも引くに引けない状態が続いてしまっていた。

さすがにこの女子高生も、駅員の終わらない説教に参ったのか、自宅の連絡先を白状した。自宅から母親が呼ばれ、また会議室にこもる。

親に対しても説教がされた後、定期券は没収、罰金の請求。このへんの処分は「鉄道営業法」に基づいて決まっているので、情状酌量の余地もなにもない。規定の処分をさせていただくだけだ。

親は平謝りで処分を受け入れた。

「申し訳ありませんでした…。」

頑固な女子高生も、親にここまで迷惑をかければ、さすがに涙目である。
張り詰めていた精神も崩れ落ちたように、涙がわいてきていた。

助役も含め、誰にとっても後味の悪い一幕である。

「なんでこんな馬鹿なことをやってしまったのですか、お嬢さん。」

心の中でつぶやくしかない。
posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 21:48 | Comment(3) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運転室での悶絶(1)

乗務員にとって辛いこと。
安全を担う仕事なので、ミスが業務上過失○○罪などの刑事罰につながりかねない…。
と、今回はそんなまじめな話ではない。

乗務員にとって辛いことは、乗務中にトイレに行けないことである。
(特急列車の車掌なら別だが)
本人にとっては深刻だが、不謹慎ながらこの手の話は面白い。

その日、御手洗(みたらい)さん(仮名)は、いつものように中距離の普通電車に乗務していた。
季節は梅雨前のさわやかな春。やわらかい日差しが運転室を満たし、鉄板に囲まれた薄緑の狭い空間も、建物の中のオフィスより快適に思えるぐらいだった。

この路線は、終点が近くなると車窓から山の連なりが見られ、木々の変化が無聊の慰めとなる。
ラッシュ時間でもなく、乗客や列車本数も多くない昼下がり。落ち着いた気分の御手洗さんは、ぼんやりと非番の日の予定を考えていた。

(またハイキングにでも行くか)

変化が乏しい仕事の御手洗さんにとって、季節を感じられるハイキングはささやかな楽しみであった。
みずみずしい青葉を愛でながら山を歩けば、爽快な気分になるに違いない。
それに、ハイキングを励みにハンドルを握れば、見慣れた(見飽きた)風景も楽しくなるというものだ。

さて、もう少しで終点、折り返し。もう一度上って、次に下りを"持っていく"ときには、帰宅する人たちで込み合う時間だ。だが、まだまだ気持ちに余裕はあった。

ズン!

そんな平和な勤務は、何の前触れもなく地獄になった。
地獄と言っても事故ではない。自分の腹が急変。突然便意が襲ってきたのだ。

(うっ。大便だ…。ちゃんと済ませてきたはずなのに。)

御手洗さんは特にお腹が弱い性質でもない。それでもベテランなので、乗務前にトイレに行くのはしっかり習慣になっている。この日もその点は抜かりなく、前の晩に深酒したわけでもない。

(次にトイレにいけるのは、終点の折り返し7分か。)

運転台に置いた行路表を見るまでもなかったが、一応確認してみた。しかし、縦長の行路表には、見落としていた希望などない。終点以外にチャンスはなかった。
単線ローカルであれば、列車の行き違いの数分間でダッシュするという手もあるが、ここから終点まではそんな運転時間の余裕はないのだ。スピードを上げて運転しても、結局終点までトイレに行けるところはない。
また、終点が近いこの辺になると、代わりの乗務員の手配も無理だった。
列車を遅らせずに途中でトイレに駆け込む手段はない。

(うーん、でも便意の周期はまだ長いし、大丈夫だろう。)

便意の周期から、我慢の限界は想像できる。終点まではまだ時間がかかるが、耐えられるだろうとこのときは思った。
体調が悪いときには、指令に連絡してトイレに行ったり、代務を頼んだりしても良いのだが、自分の大便で列車を遅らせるのはやはり気後れする。
また、後で嫌な助役に
「前の晩は飲んだのか?」
などと、痛くもない腹を探られるのも癪だった。終点までこの腹を持たせるのがベストである。
指令に通じる無線機に目をやったが、すぐに視線を戻した。晴天の下、今日は普段以上に信号機がはっきり見える。

                               つづく





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posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 就職の現場(運転士・駅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運転室での悶絶(2)

(前回までのあらすじ)
運転士の御手洗(みたらい)さん(仮名)は、昼過ぎの下り乗務中に突然便意に襲われた。途中駅での待ち時間もなく、トイレに行けるチャンスは終点の折り返し時間しかない。
指令に連絡し、列車を遅らせて途中駅でトイレに駆け込むという選択肢もあるのだが、気が引けるし、便意の周期がまだ長いので耐えられると判断した。
 
御手洗さんは、まさに祈るような思いでハンドルに手を添え、前方を凝視した。
ズン!と来る便意が引くと、潮が引いたように落ち着くが、次の便意が来る恐怖と、お腹が張った感じはあるので、トイレに行きたいという気持ちは強い。
前方を凝視して、気持ちだけは終点の駅に向かって突っ走るが、列車はノロノロとしか走らない。

(このまま全速力で終点まで駆け抜けたい…)

終点が近づくにつれてカーブも増える。途中駅にも止まらなければならない。
ノッチを入れ続けたいが、そうはいかない。

ズン。…。…。ズン。…。…。ズン。…。ズン。…。ズン。

(お、おかしい。今日は周期が短くなるペースが早過ぎる!)

便意が来るたびに冷や汗がにじみ、便意が引くと冷や汗も引っ込む。
しかし、だんだん冷や汗が引っ込む間もなくなるぐらい、便意の間隔が短くなった。

ズン!ズン!ズン!

(うっ、うぉぉー!)

もう、座ってなんかいられない。椅子から立って、立ったままハンドルを握り、足をバタバタ、クネクネさせるが、今日の便意は容赦ない。

(こ、これはやばい!)

客室とのブラインドを閉め、自分の世界に集中してみる。これから終点までは自分との激しい戦いだ。子供やマニアに背後に立たれては、戦いに支障をきたす。

「あっ…。ぐぅ…。だ、第二閉塞、進行…。」

いつもはなんとなく指差称呼するだけの信号だが、全神経を集中して進行現示を確認する。肛門を意識しないようにしても、便意は消えるはずない。
むしろ、肛門に意識を残しておかないと、惨事になってしまいそうだ。

脂汗が流れ、頭の中が白くなってくる。

(だ、誰か、助けて…)

白い頭の中で妄想が浮かんだ。車掌が、

「お客様の中で、電車の運転ができる人はいませんか?」

と放送している。飛行機ではあるまいし、そんな馬鹿なことはない。仮に運転士仲間が客として乗っていても、昔と違って代わってくれることはないし、代わってくれたところでこの電車にはトイレがない。何の解決にもならない。

(うっ!)

終点まであと3駅というところで、少し漏れ始めてしまった!
しかし、まだ少量のはず。それに、少し出てしまった分、余裕が生まれたのではないだろうか。

ズン!ズン!ズン!

(ま、まだ治まらない!)

余裕など生まれていなかった。本格的なものが肛門をこじ開けて出てきそうだ!

列車の加速区間が終わり、ノッチオフで惰行する区間になったところで、御手洗さんは無意識にベルトを緩め、ズボンを下ろした。ズボンを汚すわけにはいかない。ズボンだけでも避難させたのだ。

その瞬間、肛門は破られた。下着が重くなるのを感じながら、急いでドウランの中の新聞紙を取り出し、下着から溢れた場合に受けとめらるように、足元に広げた。

(やってしまった…)

お腹はズンズンと波打ちながらも、急速に楽になった。しかしホッとしている場合ではない。一方で新たな問題を抱え込んでしまったのだ。この下着と新聞をどうすべきか。
今度は逆に、終点が近いのが辛い。終点に着いたら、ここを片付け終わっていなければならないのだ。

恐る恐る下着を下ろし、新聞紙の上に落とし、ちり紙で体に着いた汚れを取って、ズボンをあげる。不幸中の幸い、被害はそれほど大きくなく、上手に手早く片付けられた。

ブレーキをかけ、速度を落としながら、終着の2駅前で停車。新聞紙の上の悪臭以外、普段と変わらない姿である。客などに運転室を見られても、苦情が出るようなことはない。ここまで手早く済ませられたのは、ある種 の奇跡である。
幸いにも、終着に近いこの辺は、乗降客もほとんどいないし、社員が途中添乗してくる可能性もない。
途中添乗者など現れれば、人生、人格が崩壊してしまう。横目で添乗者が来ないことを確認し、車掌がドアを閉め、戸閉めランプが点灯すると、そそくさと発車させる。

運転室は強烈な臭いに包まれていた。後は何とかこの臭いの元を処理しなければ。

(そうだ!この先に鉄橋がある!)

鉄橋の下の川に投げ捨てれば、保線の人間にも気づかれない。
やってはいけないことは百も承知だが、これは人格に関わる大問題だ。

美しい山間の風景の中を列車は走る。惨劇のあった運転室では窓が全開にされ、御手洗さんはチャンスを伺う。
いつも以上に速度を落とし、ノッチオフしたところで丸めた新聞紙を片手に持つ。
鉄橋に差し掛かる。川幅は広くないので、余裕はない。迷うことなく新聞紙を力いっぱい投げ捨てた。

(思い出よ!さようならー!)

誰にも言えない不祥事。それでも何とか自己処理できてしまった。
終着駅。列車をいつものようにホームに滑ませると、御手洗さんの目まぐるしい下り乗務は終了した。





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あれ?快速だっけ?

運転士と車掌は同じ車両で勤務する唯一の仲間だが、基本的には知らないもの同士である。
運転士と車掌が同じ区所に勤める「運輸区」というのもあるが、職種が違うため、話をするような仲ではないことが多い。また、運輸区、車掌区と分かれている区所もあるので、まったくの他人であることもある。
それでも、現場ではお互いに助けられることがある。

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