鉄道会社の裏事情

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売

労働組合の基礎知識(1)

「団結ようーい!」

労働組合幹部の野太い掛け声を合図に、会場の人々は左手は腰、右手はこぶしにして肩の横に引き絞った。

日曜、月曜と続いた労働組合の大会の締めくくり。

会場には、国鉄を知るベテラン社員も、平成採用の若手も、普段はかわいらしい制服に身を包む旅行業の女子社員もいる。

「団結がんばろー!」

壇上の幹部が叫ぶと、会場も

「がんばろー」

と声を合わせながらこぶしを突き出す。
場内が掛け声でうなりをあげた。

ここはホテルの宴会場。
普段は結婚式の披露宴などに使われるのだろうが、この日は、一面に組合の旗が張られ、壇上には鉢巻を締めた人がひしめき合い、労働組合一色になっていた。


鉄道業界の核には、労使がある。


鉄道業界に入る以上、労働組合と無縁でいられる人など一人もいない。
良くも悪くもだ。

「わたしは大卒で入社するから、労働組合なんて関係ないでしょ?」

「労使問題なんて今もあるの?」

インターネットの掲示板には、こんな書き込みが見られる。

無理もないと思う。
筆者も含め、入社前に労働組合に精通している人などいないだろう。
入社して、初めて知る世界だ。


しかし、鉄道業界と言えば労働組合なのだ。


大卒、高卒など関係ない。

若い頃は組合側、偉くなったら会社側と、立場が変わることはあるが、無縁になることなどない。
ちなみに、管理職もある一線を越えるまでは組合員である。


現業部門の配属、管理部門の配属、それも関係ない。

逆に管理部門に配属されている時の方が、組合活動を一生懸命やらなければならないこともある。

管理部門の配属となって、「あいつらは会社側の人間、現場の敵」と現場から見られてはいけないので、現場配属のとき以上に誠意をみせなければならない。


業務上は、総務・人事部門ではなければ関係ないか?

そんなこともまったくない。営業、技術部門だって、非現業のメイン業務は労務と言っても過言ではない。

一般の業界だと、労働組合と言えば春闘のときに思い出すぐらいの存在、というところもあるだろう。

しかしこの業界では、新しい施策はすべて組合との団交を通すので、あらゆる業種で関わってくる。

そのため、総務部だけでなく、運輸、営業、電気、保線などすべての部署に人事部門が置かれて、対組合の窓口になっている。

(こんな体制は運輸業界だけか?)


組合の存在が大きいため、人事労務の総本山になる総務部人事は出世コースで、泣く子も黙るところ。同じ課長でも人事課長は別格で、同じ部長でも総務部長は別格。


それがこの業界なのだ。


次回へ続く




「鉄道業界の舞台裏」が本になりました。

社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 22:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

労働組合の基礎知識(2)

労働組合とは、

「労働者が労働条件の維持・改善や社会的地位の向上などを目ざして、自主的に組織する団体。」(大辞泉)

と辞書には書かれている。

鉄道業界が抱える多くの労働者と危険な現場は、労働運動の下地となり、長い歴史の中で労働組合は大きくなってきた。

確かに危険な現場では、「会社側からの視点」だけでなく、「(労働者の代表である)組合側からの視点」があった方が、安全対策上も有効だろう。


しかし、鉄道業界、航空業界といった運輸業界では、別の特殊な事情で、労働組合が注目されることが多い。

それは、一つの会社に複数の労働組合が乱立して、激しく闘争し、労使、労々と、複雑な構図になっているからでる。


あの「白い巨頭」を書いた山崎豊子は、「沈まぬ太陽」という本の中で、航空会社の労使についてリアルに描いている。
(小説として書いているので読みやすい。)

航空会社と鉄道会社では異なるところも多いだろうが、非常に似ている点もある。

会社は、巨大な組織であり、大きな力を持つ。
また、「一人一人では力の弱い労働者の代弁者」であるはずの労働組合も、それ自体が大きな組織になると、大きな力をもってしまう。

大きな力を前にしたとき、個人は逆らうことはできず、黒に近い灰色のものも白と言い、黒ではないものも黒だと言わねばならないことがある。
きれいごとだけではすまない。

この実態は運輸業界に共通する。就職希望者はぜひ読んでおいてほしい。


労使、労々の仔細に入るのは避けよう。

鉄道会社に入ったときに遭遇することを、淡々と書いてみる。

まず、「入社する」ということは、同時に「労働組合に加入する」ということを意味する。

先に書いたとおり労働組合は複数あるが、選択の余地はない。

複数あるとは言っても、会社が手を組んだ組合は一つ(以下、第一組合)。
そこに入ることになる。(「入らない」という選択肢もない。)


新入社員の初日。
入社式の会場外で、のぼりを立て、ビラを配る人々がいる。

「何のビラだろう。会社に関係あるのかな?」

もらおうかと戸惑う新入社員に、会場の中の社員が

「早く会場へはいりなさい!」

と大声で怒鳴る。
ビラを配っているのが他の組合だからだ。

もちろん、その頃の新入社員は訳がわからない。


入社式後は、そのまま泊りがけの新入社員研修になる。
社員となったその瞬間から、新入社員教育を受けさせ、第一組合への入会手続きが終わるまで、他の組合と接触させない仕組みである。

研修では第一組合の幹部が講師として招かれ、他の組合を徹底的に批判。
会社側も同様に、「第一組合以外はよからぬ団体」だということを、新入社員にしっかりとすりこむ。

大手鉄道会社に入社する新入社員である。高卒、大卒を問わず、学校では優秀で素直な子ばかり。

この異様さには疑問を感じず、他の組合の恐ろしさ、他の組合の人に接触することへの恐ろしさを感じてしまう。

事情を知らず、入社式会場の前で他の組合のビラを受け取ってしまった人は、

「早くもキャリアに重大な汚点をつけてしまった」

と落ち込むほど。

気の毒な話だ。
(さすがにそれで評価がさがることはないだろう。・・・が、やはり白い目では見られる。)


たしかに、会社にしてみれば労働組合は非常に大事な存在である。
それはわかる。

国鉄時代、労使対立で1週間のストライキなどをやり、職場は泥沼、経営は破綻、というのを経験しているので、労使協調を維持するのが何よりの優先課題なのだ。

そのため、会社と協調してくれる第一組合と手を組む。
そして、第一組合が対立する他の組合とは絶対に手を組まない。

どこの組合の主張が正しいか、ということではない。

労使対立の轍を二度と踏まないための、戦略的方針とでも言おうか。


とにかく、理屈ではない。
第一組合のみ。他の組合はない。


先号の冒頭、二日間にわたる組合の大会の様子を紹介した。

いざ組合から召集がかかれば、否応などない。
各職場で割り振られた人数を、絶対に出席させなければならない。

大会では、職場改善、会社の方針への議論などより、なにより他労組との敵対が叫ばれる。

この業界、会社から睨まれるのも怖いが、組合から睨まれるのはそれ以上。

疑問など抱かず賛同せよ。

労働組合とは、
「労働者が労働条件の維持・改善や社会的地位の向上などを目ざして、自主的に組織する団体。」(大辞泉)

それは、学校で習うこと。卒業したら忘れていい。




「鉄道業界の舞台裏」が本になりました。

社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 15:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国会議員の圧力

衆議院選挙がまもなく(8月30日)公示される。
(この記事は2005年8月に書きました。)

今回の選挙では、郵政民営化反対派の新党や、自民党執行部が送り込んだ「刺客」、ホリエモンの出馬と、話題が多い。

新聞でも、郵政に対する各党の違いが取り上げられ、次いで年金、少子化対策、財政、外交についての分析があり、毎日紙面も賑やか。


比例区投票は、このような各党の政策だけに注目すればいいが、小選挙区では候補者個人に投票しなければならない。そのため、候補者個人の公約も気になるところだ。
しかし、変な公約が掲げられていることがある。


前置きが長くなった。

筆者が言う「変な公約」とは、

・○○線の電車を増発します。

のようなもの。

これは過去の衆議院選挙のとき、(筆者が住んでいた選挙区で)閣僚経験者が掲げた公約である。

まったく信じられない。国鉄ではないのである。国会議員がなんで民間企業の施策を公約に掲げるのだ?
これでは、

「私が当選したら、100円のマックシェイクを80円にしてみせます。」

と言っているようなものだ。
私企業がどのような施策をとればいいかなど、国会で議論されるわけがないし、国会議員が企業に圧力をかけたところでどうなるわけでもない。
(そこまで日本はひどくない。)

民間の鉄道会社に対して国会議員ができることといえば、鉄道を活性化させる法案を成立させることぐらいだろう。
しかしそれは鉄道全体に対するもので、特定の鉄道会社の、特定の線区を支援するような法案などできるわけがない。


また、国会議員の「実績」も眉に唾をつけて見て欲しい。

・△△駅の快速電車停車を実現しました。

などと勝手に掲げたりするが、それがこの候補者の実績かどうか。

住宅開発が進んで利用客が増えている駅では、鉄道会社が戦略的に快速電車を止めもする。また、自治体が駅周辺開発を行い、鉄道会社が快速を止め、協働で発展に取り組むこともある。
ただ、どちらも(基本的に)国会議員が関与するものではない。


勝手な「公約」、勝手な「実績」で鉄道会社を利用するだけでなく、圧力まがいのことをする議員もいる。

鉄道会社の運輸部長に直接電話をかけ

「○○線、もっと本数を増やせないか。周辺住民は困っているんだよ。」

とおっしゃる。

「はい、お客様の声に答えるべく、日々努力いたしております。」

鉄道のドロドロした世界を生き抜いてきた運輸部長は、卒なく答える。


地元の要望に答える場合は、採算に合わない部分は、無利子の貸付、補助金などで自治体などに協力してもらって実現しているのだ。
「経営」と、採算外の「公的な使命」と、社会として財布をしっかり分けなければならない。
「公的な使命」を実現するためにどれだけの「税金という痛み」を伴っているかを有権者が認識しないと、その必要性も判断できない。


お客様の声をなるべく活かすように努力するのは健全な経営。しかし、票目当ての国会議員の圧力に屈した経営では、鉄道会社は国鉄のように破滅する。破滅すれば、最後に国民にそのツケがまわってくることにもなりかねないのだ。

さあ、よく考えて9月11日に投票に行こう。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 11:13 | Comment(3) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

労働組合と社員

彼は大卒総合職で入社4年目。現在の所属は支社である。

彼は、あることで支社内で特別な存在だった。それは、労働組合の支社支部の青年部長の肩書きを持っていることである。
青年部というのは、文字通り、ある年齢以下の若い人が所属するところ。
つまり彼は、労働組合において、支社の中で若手リーダーのポストに就いているわけだ。

鉄道会社の労働組合と言えば、非常に大きな力があり、それだけにこのポストには重みがある。
しかし彼は、労働闘士であるわけではなく、どちらかというと目立たないタイプだった。

※書籍「鉄道業界のウラ話」の元ネタであるため、本文は有料コンテンツとして公開します。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:58 | Comment(5) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぬるま湯

ドロドロした現実を数多く紹介してきたが、鉄道業界にも、ぬるい、おいしい話がある。
今回はその中で、関連子会社の話をしよう。


 おいしい話その1「楽な仕事」

鉄道会社の関連子会社といえば、不動産、百貨店(駅ビル)などが有名だが、鉄道事業に付随する小さな子会社もたくさんある。

例えば、相互乗り入れしている会社間の清算をする会社や、面白いところでは、鉄道用地の管理をする会社がある。
「鉄道用地の管理」といっても、かっこいい仕事ではない。
線路脇の土手で、勝手に家庭菜園をしている人や、資材を置いている人に、

「ここは鉄道会社の土地だから、使ってはいけません」

と言うのが仕事。会社名に「都市計画」とか「都市開発」という大層な名前がついているが、実態はこの程度だ。

本体の親会社は業務が効率化され、楽な仕事は淘汰されていくが、子会社の中にはまだまだ楽天地がある。


 おいしい話その2「”労使”がない」

鉄道の世界で一番キツイのは”労使”だが、関連子会社だけは解放されている。

子会社に出向しても、親会社の社員であり、組合員なのだが、子会社の中だけは”労使”がない。
団体交渉もないし、労働組合の要員要請もない。
所属する組合が異なる人がいても、それを意識することもほとんどない。

鉄道会社以外の人に、鉄道の”労使”の話をしてもなかなか通じないが、同様に、鉄道会社入社後すぐに出向してしまった人にも通じない。

入社後すぐに出向した人はいづれ親会社に戻る。戻ったときに現実を知る。


 おいしい話その3「ルーズな社風」

鉄道会社は、大勢の社員を抱えているため、規律は厳しい。時間には厳しく、社員を大人として扱わない学校のような社風がある。
(遅刻厳禁 http://railman.seesaa.net/article/7063995.html

しかし、子会社は例外。
忘年会の日は、勤務終了前の夕方4時ごろには飲みに行き、会社の遊び行事も、勤務扱いしてしまう。

親会社の息苦しさからの反動で、常識に欠けるぐらいに自由。

おいしい世界だが、人間的にダメにならないようにご用心。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:09 | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

対立する鉄道各社

NTTグループというのがある。
持ち株会社の下、東日本、西日本という地域会社があり、携帯電話のNTTドコモも抱える。旧電電公社である。

JRグループというのはない。
JR各社はすべて旧国鉄だが、分割された各社に資本関係はない。社名に同じ「JR」を掲げ、マークも同じ(色が異なるだけ)だが、完全な別会社である。

資本関係がないのが原因の一つなのか良くわからないが、JR各社の中に、仲の悪い関係がある。
固有名詞は挙げないが、最大手の二社である。

この二社、あるターミナル駅をシェアしており、文字通りお隣さんなのだが、経営者の仲も悪ければ、労働組合同士も対立している。

実は、それぞれの第一の労働組合の系統が異なっているのだ。つまり、民営化後、会社が手を組んだ労働組合が相違した。(正確には、民営化後しばらくして結果的にそういうことになった。)

第一組合となり、総合職のすべてと民営化後に採用されたすべての社員を取り込み、圧倒的な力を持った組合が、他方の会社では第一組合になれず、組合員の昇進も停止されて干された状態になった。

このねじれにより不思議なことが発生する。
それぞれの第一組合は、自社の会社を批判するのではなく、他社の会社とその第一組合を批判することになったのだ。

組合の話に深く立ち入るのは止めよう。ねじれの構図だけ理解してもらえればいい。

経営者同士も仲が悪い。今は少しは改善したのだろうか、民営化当時の経営者は本当に仲が悪かった。
筆者がここでその詳細を書くより、本人が書いた本を読めば良くわかるだろう。
本の中で、驚くほど露骨に批判している。
(Amazonへリンク)

民営化当時の経営者は、国鉄の改革派ということで注目を集め、その後、政財界などでも活躍している。
そんな彼らだが、互いに批判しあった。

とある新幹線の新駅の事業では、両社の調整が十分されないまま事業計画が進み、互いに不信を確立してしまった。
不信に陥ると、清濁併せ持つ鉄道の世界だけに拍車がかかる。

民営化で、政治とは無縁になって出直してきたはずの鉄道だが、グレーなところは残る。
国会の場で、国会議員がJRの社内の問題を提起したり、警察が事件性を調べたりすることは、当時から今日まで断続的にある。そうなれば、

「国会で批判をするように議員に働きかけたのは、他のJRではないのか?我が社に敵対しているのではないか?」

「あっちのJRは、民営化後おかしなことになっている!新駅事業もこの件もそうだ!」

と反応する。
外部から批判されると、背後で糸を引く者の存在を疑うのが習性になるくらい、鉄道には暗い闇がある。
本当に他者が裏で工作して国会で取り上げられるようにしたのか良くわからないが、疑いを持ちたくなるほど、鉄道には政治性があるのだ。

国鉄時代の経営者は国会対策が仕事であったし、社内が政治勢力で色塗りができるくらいの闘争の歴史がある。民営化で大きく変わったとはいえ、真っ白にはなれない。

各社は民営化後、会社を順調に発展させてきた。赤字で破綻した国鉄の殻を脱ぎ捨て、自立した経営ができるようになった。
見事なスタートである。しかし、不信、政治性の体質は抜けきらない。

各社とも初代の経営者は身を引き、バトンはつながれたが、そろそろ中興の祖が望まれよう。中興の祖には、関連事業などの経営強化よりも、国鉄以来の政治的な体質、社風から完全脱却し、もう一度「民営化」させて欲しい。

(この記事は2006年9月に書きました。)

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 21:07 | Comment(3) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鉄道電話(JR電話)とNTTの電話(1)

言うまでもないことだが、鉄道会社は職場が非常に多い。
何より駅の数が膨大である。

JRの内部では、国鉄以来、鉄道電話(通称:鉄電、民営化後の正式名称はJR電話?)という専用の電話網が整備されている。
一般の我々の常識では、固定電話といえばNTTであり、東京は03、大阪は06で始まる電話しかない。しかし、鉄道の世界では、東京051、大阪071で始まる別の電話網があるのだ。

「おい、○○駅の駅長室の番号は何番だ?」

と聞かれた場合、通常は鉄道電話の番号を聞いているのである。
NTTの電話番号を聞く場合は、

「おい、○○駅のNTTの番号は何番だ?」

と、わざわざ「NTTの番号」と付け加えないと伝わらない。

鉄電は内線のように、番号が多く割り振られており、駅で言えば改札、出札、事務室など、社員が働くあらゆる現場にそれぞれ番号が割り当てられている。支社のような非現業であれば、一つの「島」に複数台置いているので、担当者直通である。

そのため、社内の業務用の電話連絡は、通常は鉄電を利用する。
巨大で、時間に厳格な鉄道というシステムは、多くの現場、多くの人によって支えられている。そのため、各現場とすぐに連絡がとれる鉄電は、必須の業務ツールであり、極論すれば、鉄電によって業務が成り立っているともいえる。


さて、鉄電の話は置いておき、鉄道の世界では逆にマイナーな業務ツールとなっている、NTTの電話を見てみよう。

当然のことながら、数は少ないものの、NTTの電話回線も各職場に引かれている。
社員であれば、社外から職場に連絡する場合に必要であるし、外部の企業と連絡を取る場合にも必要になる。
鉄道電話と違い、NTTの電話網は広く一般に広がっているため、一般のお客さまからもかかってくることがある。
私が支社の運輸部に勤務しているときにも、色々な電話がNTT電話でかかってきた。

プルルル、プルルル。

私のそばの電話機が鳴った。呼び出し音も鉄電とは異なるので、NTTの電話だということがすぐに分かる。
(電話機自体は共通で、鉄電でもNTTでも両方使える。)
若手社員の私は率先して、電話機の「NTT」のボタンを押して受話器をとった。

「はい、○○鉄道△△支社運輸部です。」

「・・・」

無言電話だろうか。反応がない。

「もしもし?もしもし?」

「・・・」

いたずらだろうか。

「もしもし?」

「・・・あのー。」

やっと声が聞こえてきた。無言電話ではないようだ。

「はい」

「僕、マニアなんですが・・・。」

(マニアさんですか。それで、どういうご用件かな?)
忙しいところに、長くなりそうな電話を取ってしまった。若手社員なので電話には積極的に出なくてはいけないのだが、貧乏くじを引いたかもしれない。
とりあえず、こちらは黙ってお話を聞くことにした。

「○○線の△△系車両、今は工場に入っていますよね。」

(は?)

鉄道の車両は、数年おきに工場での修繕が入る。しかし、ローカル線の特定の車両の予定など、運輸部社員の、しかも車両担当の私ですら知らない。というか、運輸部でもそんなことすぐに分かる人はほとんどいない。
現場に問い合わせないと分からない、レベルの細かい話だ。
「今は工場に入っていますよね。」
と、あたかも常識のように聞かれても、そんなこと把握していない。

良く知らないが、話を合わせて、

「あぁ、たしかそうだったかも知れませんね・・・」

と、適当に受け答えた。そういえば、この△△系は全国で廃車が進み、現在ではこのローカル線でしか走っていないらしい。そのため、鉄道マニアの方々には貴重な存在なのだとか。
乗客が少なくて困っている路線だが、わざわざ遠くから乗りに来るマニアの人もいるというのだから、私などにしてみれば不思議である。

「工場からの出場の予定を聞きたいのですが・・・。」

と質問されてしまった。最初に長い沈黙があったが、要はこの車両の動向が気がかりらしい。工場から出てこないで、廃車にでもされるのではないかと心配しているのだろうか。
話すテンポも極端にゆっくりで、用件を聞くのにも苦労した。

しかし、これはお手上げだ。困ったものである。そうかといって、鉄道を愛する人の期待を裏切るわけにもいかず、周りの人に助けを求めることにした。

「ちょっとお待ちください。」

私は電話を保留にすると、ちょっと恥ずかしいが立ち上がり、

「すいませーーん。マニアのお客さまから、△△系についてのお問い合わせでーす。」

と叫ぶ。
こういう電話はたまにあり、皆慣れてはいる。しかし、我関せずと見向きもしない人、「変な電話を取っちゃったね」と、ニヤニヤ笑っている人、そんな人ばかりで、ほとんどの人は助けにならない。これでは私が困る。
幸い、

「あいよー、俺が受ける」

と、年配の先輩が引き取ってくれた。マニアの方の扱いも、長年やっていて慣れているのだろう。職場にこういう人がいてくれると、本当に助かるのである。

車両故障を担当している私としては、このような骨董品のような形式が残ってしまうのは、正直に言えば嬉しくない。
故障しないで元気に走り続けてくれれば良いが、故障すると、修繕するにも代替品の調達に時間がかかるし、原因調査、対策をまとめるにしても、私自身がこの車両を良く知らない。
航空業界にしても、格安航空の会社などは、飛行機の形式を統一している。
乗務員の訓練、車両のメンテナンスでも、形式が少ない方が効率的であるし、乗務員や車両メンテナンスの拠点も最小限にできる。

それでも、私の在任中は元気に走り続けてくれた。その後も長年廃車にならず、マニアの方々にも喜ばれて何よりである。故障担当の私が苦労させられることもなく、マニアの方々も喜んだのなら、もともと赤字路線であるし、非効率ながらも生き残ってくれて良かったのだろう。


NTTの電話は、予想もつかない電話がかかってくる。
次回以降も、鉄道会社にかかってくる、NTT電話にまつわる話をご紹介していこう。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 18:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鉄道電話(JR電話)とNTTの電話(2)

JRには、国鉄以来の専用の電話網がある。通称、鉄電。
鉄電が業務上の電話網であり、NTTの電話はおまけのような存在である。

おまけでも、NTT電話は外部とつながっているので、とんでもない電話がかかってくることがある。

ある日、駅のNTT電話が鳴った。

プルルル、プルルル。

(ん?)

助役は、面倒くさい気持ちを抑えて、受話器に手を伸ばした。

駅にかかってくるNTTの電話は、だいたい一般のお客さまからの問い合わせであり、業務連絡ではない。あまり積極的な気分では取れないのである。

「はい、○○駅です。」

「・・・」

「もしもし?」

「・・・」

(まったく、いったいなんだ?・・・電話に出なければ良かった。)

別に電話に出なくても、この助役は困らないのである。
お客さまは無数いるわけだし、そのうちの一人からの電話を無視したところで直接的な影響はない。業務多忙で電話に出られなかったという言い訳も通用する。

「もしもし?ご用件は何でしょう?」

「・・・、爆弾を仕掛けた。」

「は?何を言っているのですか?」

「快速線の車両に爆弾をしかけた。」

「え?もしもし?」

ガチャリ。
電話が切れる。

(阿呆か。面倒くさい。)

電車の爆破予告の電話だが、本当に爆弾をしかけたとは思えない。
まったく信じないが、こういう電話を受け取った以上、無視するわけにもいかない。

「えーっと、時間は・・・。」

鉄道マンの習い性で、何かあったら時間を書き留める。
時間と電話の内容を控え、すぐさま駅長と支社に報告。もちろん、報告時刻も書き留める。あとで報告書を提出するためだ。

報告を受けた支社も動き出す。
狼少年の嘘に何回騙されても、本当に狼が出たときに何も対応しなかったら、その一点をつかれて会社は世間から批判される。何回でも嘘に付き合わなければいけないのだ。
いたずら電話でも出動しなければならないのは、消防署や警察署と同じである。

鉄道のNTT電話には、こういう寂しい電話がときどきかかってくる。
それだけ、私たちの住む街には、孤立した寂しい人たちが息づいているのである。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 09:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道会社の裏事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする