労働組合とは、
「労働者が労働条件の維持・改善や社会的地位の向上などを目ざして、自主的に組織する団体。」(大辞泉)
と辞書には書かれている。
鉄道業界が抱える多くの労働者と危険な現場は、労働運動の下地となり、長い歴史の中で労働組合は大きくなってきた。
確かに危険な現場では、「会社側からの視点」だけでなく、「(労働者の代表である)組合側からの視点」があった方が、安全対策上も有効だろう。
しかし、鉄道業界、航空業界といった運輸業界では、別の特殊な事情で、労働組合が注目されることが多い。
それは、一つの会社に複数の労働組合が乱立して、激しく闘争し、労使、労々と、複雑な構図になっているからでる。
あの「白い巨頭」を書いた山崎豊子は、
「沈まぬ太陽」
という本の中で、航空会社の労使についてリアルに描いている。
(小説として書いているので読みやすい。)
航空会社と鉄道会社では異なるところも多いだろうが、非常に似ている点もある。
会社は、巨大な組織であり、大きな力を持つ。
また、「一人一人では力の弱い労働者の代弁者」であるはずの労働組合も、それ自体が大きな組織になると、大きな力をもってしまう。
大きな力を前にしたとき、個人は逆らうことはできず、黒に近い灰色のものも白と言い、黒ではないものも黒だと言わねばならないことがある。
きれいごとだけではすまない。
この実態は運輸業界に共通する。就職希望者はぜひ読んでおいてほしい。
労使、労々の仔細に入るのは避けよう。
鉄道会社に入ったときに遭遇することを、淡々と書いてみる。
まず、「入社する」ということは、同時に「労働組合に加入する」ということを意味する。
先に書いたとおり労働組合は複数あるが、選択の余地はない。
複数あるとは言っても、会社が手を組んだ組合は一つ(以下、第一組合)。
そこに入ることになる。(「入らない」という選択肢もない。)
新入社員の初日。
入社式の会場外で、のぼりを立て、ビラを配る人々がいる。
「何のビラだろう。会社に関係あるのかな?」
もらおうかと戸惑う新入社員に、会場の中の社員が
「早く会場へはいりなさい!」
と大声で怒鳴る。
ビラを配っているのが他の組合だからだ。
もちろん、その頃の新入社員は訳がわからない。
入社式後は、そのまま泊りがけの新入社員研修になる。
社員となったその瞬間から、新入社員教育を受けさせ、第一組合への入会手続きが終わるまで、他の組合と接触させない仕組みである。
研修では第一組合の幹部が講師として招かれ、他の組合を徹底的に批判。
会社側も同様に、「第一組合以外はよからぬ団体」だということを、新入社員にしっかりとすりこむ。
大手鉄道会社に入社する新入社員である。高卒、大卒を問わず、学校では優秀で素直な子ばかり。
この異様さには疑問を感じず、他の組合の恐ろしさ、他の組合の人に接触することへの恐ろしさを感じてしまう。
事情を知らず、入社式会場の前で他の組合のビラを受け取ってしまった人は、
「早くもキャリアに重大な汚点をつけてしまった」
と落ち込むほど。
気の毒な話だ。
(さすがにそれで評価がさがることはないだろう。・・・が、やはり白い目では見られる。)
たしかに、会社にしてみれば労働組合は非常に大事な存在である。
それはわかる。
国鉄時代、労使対立で1週間のストライキなどをやり、職場は泥沼、経営は破綻、というのを経験しているので、労使協調を維持するのが何よりの優先課題なのだ。
そのため、会社と協調してくれる第一組合と手を組む。
そして、第一組合が対立する他の組合とは絶対に手を組まない。
どこの組合の主張が正しいか、ということではない。
労使対立の轍を二度と踏まないための、戦略的方針とでも言おうか。
とにかく、理屈ではない。
第一組合のみ。他の組合はない。
先号の冒頭、二日間にわたる組合の大会の様子を紹介した。
いざ組合から召集がかかれば、否応などない。
各職場で割り振られた人数を、絶対に出席させなければならない。
大会では、職場改善、会社の方針への議論などより、なにより他労組との敵対が叫ばれる。
この業界、会社から睨まれるのも怖いが、組合から睨まれるのはそれ以上。
疑問など抱かず賛同せよ。
労働組合とは、
「労働者が労働条件の維持・改善や社会的地位の向上などを目ざして、自主的に組織する団体。」(大辞泉)
それは、学校で習うこと。卒業したら忘れていい。

「鉄道業界の舞台裏」が本になりました。
『
社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話』