鉄道会社の出世競争

 「誰も語りたがらない 鉄道の裏面史」

佐藤 充 5年ぶりの書き下ろし!
107 名の死者を出した「福知山線脱線事故」、政治家の思惑がからみあう「新幹線の利権」、鉄道が買われる「阪神電鉄村上ファンド買収事件」、東京を襲った未曾有のテロ「地下鉄サリン事件」、首都圏で起こった乗客の暴動「上尾事件」、初代国鉄総裁の謎の死「下山事件」……
2015年5月15日発売

内定式

10月は内定式のシーズンである。

鉄道会社に憧れ、非常に高い競争を勝ち抜いた人々が、初めて会社の行事に呼ばれる。

新入社員研修も受けていない、初々しい学生達。
気ままな学生時代には未練たっぷりだが、それでも鉄道会社の内定を勝ち取った喜びは隠しきれない。
人気の鉄道会社では、内定を蹴って他社に行ってしまうような人はまずいない。この日に集まった面々が、そのまま同期になる。


本社採用の大卒の内定式では、会長、副会長、社長、副社長のトップクラスが一人は顔を見せる。
巨大企業の鉄道会社では、こんなトップと同席する機会は滅多にない。

内定式の後の懇親会は、子会社のホテルの宴会場で、内定者主宰ということで行われることがあるが、もちろん、トップが参加する懇親会を学生だけに仕切らせるわけがない。
失礼があっては大変、当然形だけの内定者主催である。

余談だが、鉄道子会社のホテルは、本体企業の懇親会で頻繁に使われる。
三井、三菱のような旧財閥が、グループ内で仕事を融通しているのと通ずるが、鉄道のホテルも、本体会社や社員の金だけである程度下支えができる。

 
「本日は、私達の内定式のため、○○会長、△△社長をはじめ、本社営業部○○部長、本社運輸部△△部長、□□労働組合○○委員長、(と、延々偉い人の名前が読み上げられ)、の多くの方々の出席を賜り、まことに感激いたしております!」

知らないところで決められた代表が、壇上で偉い人たちの肩書きと名前をスラスラと話すのを見れば、他の内定者は焦りを覚える。
この日から、いや、実はそれ以前から競争が始まっているのである。

仕事が始まる以前に競争が始まるところに、鉄道の仕事の本質が表れている。

そつのない輩は入社前に社内のコネクションを作り始める。
同じ大学のOBを訪問して

「来年の春からお世話になります」

と挨拶をする。「可愛げのある奴よ」ということで、入社前に職場見学をしたり、社員と飲みに行く。

入社するときもコネが最大の威力を発揮する鉄道では、入社してからもコネは欠かせない。
メーカーと違い、技術力で競争している会社ではない。営業力で他社と差がつく業界でもない。
市場へのアピール度より、社内でのアピール度の方が圧倒的に物を言う。

採用プロセスや内定式から、薄々そんなことに気がつく大卒キャリア組。
内定式の司会をしている同期や、入社前に社内で顔を売っている同期には一歩先んじられたが、これ以上差を広げられるわけにはいかない。

内定式懇親会では、そんな焦りを覚えた学生が、会長、社長の前にビール瓶をもって列を成す。
いきなり会長、社長に近づいても、数万人の社員のいる会社である。覚えてもらえるわけはない。その辺がまだまだ学生。

それにしても、大学で何を学んできたのか知らないが、ビール瓶を持って偉い人に近づく習性を、いったいどこで身に着けてくるのだろう。

彼らのこの習性は入社後にだんだんと磨きがかかり、酒の席を渡り歩いて社内ネットワークを構築する。
将来偉くなる人は、6時以降、酒席で一生懸命働く。売上の変動が 乏しいこの世界では、仕事で偉い人の目に留まるのは困難なのだ。



社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:45 | Comment(8) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結局は旧帝国大学

「うちの会社では出身大学による差別は一切ありません。」

「実力本位ですので、各自大いに頑張ってください。」

表向き、どこの会社でも人事部は新入社員にこういって発破をかける。
嘘でもこう言わないと、社員のやる気がでないからだ。

「一流大学出身者でない諸君。君らはどんなに頑張っても、一流大学出身者より出世は遅く、仕えることになります。」

と言われれば、初めから頑張らないし、同期の連帯感など生まれない。

大手の鉄道会社では、昇進試験があり、一見公平に見える。
だが、結果を見れば不自然さの多い昇進試験。組合問題は別にしても、不公平感を感じずにはいられない。

その証拠に、本社幹部の出身学校を見てみるといい。ほとんどが旧帝国大学出身者である。
公平な昇進試験ならば、どうして旧帝国大学出身者ばかりがトップを占めるのか。

もちろん、中には私大出身者も混じっているが、そこまで登りつめる人は、相当な実力者。
鉄道の世界での実力者と言うのは、政治の世界の実力者と同じで、人をなびかせるようなオーラを備えた人である。人前で話をすれば、説得力があるのはもちろんのこと、それ以上に聴衆をひきつける不思議な力を持つ。
そういう人だけが、旧帝国大学出身のグループの中で、一定の地位を保てるのである。

鉄道会社のように、社員が多く、専門性の薄い世界では、総合職の人々の出世意欲は高い。(専門性が薄いと、エネルギーが仕事の中身よりも出世競争に向きやすい。)
会社により異なるが、総合職で最初に出世に差がつくのは、主任職もしくは助役職試験である。
ここでは、一部の人のみが遅れを取るので、感覚の鈍い人たちはまだ気づかない。
その次の昇進試験。そのあたりで、昇進できる人の方が少数派になり、出世する傾向に誰もが感づく。
技術系の社員であれば、修士号を持っている人が有利であり、出身大学は旧帝国大学が明らかに強い。
その現実を知ったとき、今まで見えなかったものが色々見えてくる。

「だからあの人たちは、地方赴任も近場で、主要支社や本社ばかり巡っているのか。」

しかし、そんなこと気にしなければ、大手鉄道会社の出世階段はそれほど悪くない。
並外れて出来が悪く、社内で仕事の評判が最悪な人でも、着実に出世する。
ただ、そのスピードが同期より遅くなるだけだ。
同期意識の強い、昔ながらの会社である。なおかつ、JRなどは民間になってから20年程度。同期の中で、出世に差をつけるだけで大変なことなのだ。

他の世界では生きていけないような、仕事ができない人。そんな人は鉄道に入るといい。
他の世界でも活躍できる人。そんなあなたが鉄道に入ると、学歴主義の壁に悩み、無能な上司に苦労する。



社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 21:12 | Comment(85) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

駅長の功名(1)

鉄道は、地元との付き合いが重要である。
雇用を提供する一方、地元からは旅客収入を得る。
それだけではない。駅前の開発を行うのは鉄道会社ではなく、自治体。駅舎の改修も、自治体がかなりの金を出す。

駅やその周辺が整備されれば、それが魅力となって住宅開発が進み、働く場所も増え、乗客が増える。そして地価が上がり、鉄道会社の含み資産も増えるという仕組みだ。
鉄道にとって、地元が大事なのは言うまでもない。

その地元との接点で、もっとも身近なのは駅長である。実務的には支社や本社といった管理部門が担うが、駅長が現地外交官のような看板役になる。
それだけに、駅長のポストは意外に高い。
社内最大の駅の駅長を、会社役員にしているところもある。
また、管内の大きな駅の駅長は、支社の課長ポストを軽く凌ぐほどだ。


大きな駅の駅長は別格だが、駅長ポストは数が多いので、現場採用者でも駅長になるチャンスは十分ある。我慢に我慢を重ねれば、最後に会社が報いてくれる。
しかし、そこまでの我慢は、時には自分を殺さなければならないほど辛いことがある。
助役時代、鼻持ちならない、自分の子供と同じ世代の若い大卒に仕え、また、能力に欠け、態度だけは小領主のような上司にいじめ抜かれることもある。
さらに、現場社員の中には、出世欲もなく、ひたすら管理者に反抗しつづける、不良中学生のようなオヤジも多い。
まさに板ばさみである。

そんな辛い中間管理職に長年耐えた人に、ご褒美として最後に駅長のポストが用意される。
ルーチンワークに耐えたのが鉄道人生の前半、中間管理職の悲哀に耐えるのが後半。そして最後に「城主」になるのだ。


しかし、駅長室(あるいは大部屋の一角である駅長机)で、他の社員と離れて一人座っているのは、登りつめた席とはいえ、ある意味さびしいものである。
鉄道というシステムは、各社員が決められたとおりに動けば、駅長などまったくの無用の長物である。
(そのため、退職前のご褒美ポストにしても害はない。)

「もしもし、どうだ最近は、元気にやっているか?」

ある駅長の午前中の日課は、同僚やかつての部下への電話であった。

「こちらは相変わらずですよ。どうですか、駅長になられて忙しくなりましたか?」

電話の相手も心得たものである。忙しくないことを知っていながら、一応「主筋」にあたる人だけに自尊心をくすぐることは怠らない。

「まぁな、色々気苦労があって大変だよ。どうだ、今晩あたり飲みに行くか?」

今晩の飲み仲間探し、人事関係の噂話、名誉職の無聊の慰めのため、電話にかじりついて午前中が終わる。

午後は職場をまわる。長が来れば現場は身構えるが、それでも見回りをしないと現場から評価されない。つまり、うるさいことは言わず、「ご苦労さん」と言って見回ればいいのだ。
会議の資料作りなどは助役に任せれば、実務と言えるものは何もないのだ。

なんとなく寂しく、暇なポストであるが故に、部下を巻き込んで何か仕事をしてみたくなるのが人情である。

そのうえ、典型的な縦社会なので、部下である助役たちは従順である。
(大卒の部下だけは、自分より頭がいいだけに使いづらく、別の出世階段を歩んでいるだけに、従順でない。)

権力はある。ぜひ、後々まで現場で名が残るような功績をあげたい。

しかし、今まで創造的な仕事をしてこなかった人間だけに、現場の長になったからといって、突然変わるものではない。
従順な助役たちの上に立っても、何をすればいいかわからない。

鉄道マンとは、非常に受動的な人種である。
現場では、信号、ダイヤ、安全を確認する毎日。考える場面より、実直にルーチンワークをこなす場面が圧倒的に多い。
ある会社幹部はその様を、
「鉄道の仕事は、偉大なるマンネリである」
と表現した。マンネリだが誇りを持てという訓辞だ。
それだけ彼らは、システムに組み込まれて動くことを訓練されてきたのである。

さて、こんな長が思いつく「名が残るような仕事」とは何であろうか。
次号に譲るとしよう。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:53 | Comment(7) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

駅長の功名(2)

前回、駅長について書いた。
http://railman.seesaa.net/article/38855396.html

「ルーチンワークに耐えたのが鉄道人生の前半、中間管理職の悲哀に耐えるのが後半。」
そこまで耐えた人に、ご褒美として駅長のポストが与えられる。

ご褒美ポストの駅長は、特に何もしなくても無害。
「鉄道というシステムは、各社員が決められたとおりに動けば、駅長などまったくの無用の長物である。」

ここまで書いて、歴史が好きな私は、江戸時代の将軍職を思い出した。
徳川15代将軍の中には、病弱であったり、若死にしたものが多い。
戦国乱世ならばいざ知らず、強固な江戸幕府下では、将軍職が子供でも病弱でも、幕府や徳川家を揺るがすものではない。

鉄道も同様である。「長」が現場で強力な指導力を振るわなくても、鉄道システムはすぐには揺るがない。現場の士気を下げない程度に務めてくれる現場長であればいいのだ。

しかし、せっかく「長」になったのだから、何か名を残すような仕事をしたいと思うのが人情。
ルーチンワークが基本の職場で、その職場から成り上がってきた駅長に、創造力を発揮した仕事などできるのか。


ここで、ある中規模駅の駅長を取り上げよう。
駅長のポストはあまたありと言えども、このポストはワンランク上、周辺地域のリーダー格を自認。
支社経験もあり、酒も強いので顔が広い。
頭が切れるわけではないが、

「うちの会社も変わらないとダメなんだ!」

とタイミングよく放言するので、上の覚えがいい。豪胆な放言のようでも、内容は上司の追従をしているだけなので、中身はない。
つまり、出世しやすいタイプなのである。

この駅長、在職中に功を挙げるため、2つのことを心に秘めていた。
 1つ、他労組に属する中堅社員を手なずけ、組合を変えさせる
 2つ、記念切符を企画し(あるいは支社にさせ)、自分の駅で売る

1つ目は、創造性はないが、最大の「功」となる。
他労組の社員と言えども、現実では職場を支えている人材がいる。現場の仕事に精通していれば同僚の信頼は集まり、また管理者に反抗的な姿勢も、時にはかえって信頼を集めてしまう。

こういう人を第一組合に転向させれば、職場内で他労組が勢力を広げる可能性を完全に摘み取れる。

鉄道とは労務である。
中核となる人材を転向させられれば、社内最強部門の人事、第一組合から、一気に高い評価を得られ、ひいては支社内の耳目を一身に受けることができる。

これを成し遂げ、

「あの駅長になってから、職場の組合の力も落ちて、がらりと駅の雰囲気が変わった。あの駅長がターニングポイントを作ったんだ。」

と後々までも言われたい。

たちが悪いが、この駅長は「改革派」の切れ者だと自惚れているため、この一番の手柄を求め、助役に必要以上に発破をかける。

「お前らが率先して職場を活性化させないから、他の駅員がついてこないんだ!懇親会を企画しろよ!」

鉄道の人間の典型だが、社員と酒の席で打ち解けることが、職場改革の定石と考えている。社内もそういう風潮である。

今回の戦略でも、まずは標的に酒の席で近づき、他労組に属しているが故の、人事冷遇の不満を聞きだし、心を開かせるつもりだ。

「おい田中、ご苦労さん。」

標的である田中(仮名)が、やっと自分が参加する酒の席に姿を現した。
他労組の人間と大っぴらに業後に会うのは支障があるが、今回はその口実も立ててある。

現場の猛者も、助役とは違い、相手が駅長であれば一歩構える。即座に噛み付くことも、無視することもできない。話を聞かざるを得ない。

「子供はまだ小さいらしいな。可愛いだろ。」

小さい我が子の話をされて、頬が緩まない親はいない。
さらに、他労組に属しているおかげで、昇給のスピードが遅いことに田中自身も悩んでいた。小さい子供の親として、やはりより多くの給料を家庭に持ち帰りたい。

「田中もまだ若いからな、これからしっかりやらないとな。」

巧妙に、「これからしっかり」の言葉の裏に、重たい内容をしのばせる。

田中にとって、否、多くの現場社員にとって組合問題は、今まで面倒を見てくれた先輩との人間関係であり、地元での人間関係である。
人間関係と会社施策に挟まれ、個人は苦しむ。


結論から言うと、駅長のこの一番目の「功」は成し遂げられた。
駅長が辣腕だったわけではないが、田中個人の悩みが行き詰る時期に来ていたのだ。
内情に詳しくない人から見れば、駅長の手腕による成果であり、「功名」である。

田中は次の人事異動で職場を移り、そのタイミングで組合を転向した。
元の職場で村八分にならないようにするための会社施策である。

なんとも胸の中が晴れ渡らないような気持ちになるが、これが鉄道である。


長くなったので、もう一つの功名についてはまた次回に譲ることにしよう。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

駅長の功名(3)

駅長について2回にわたって書いてきたが、今回が最後である。
 http://railman.seesaa.net/article/38855396.html
 http://railman.seesaa.net/article/40999220.html

前回は、ある駅長が他労組の中堅社員を転向させ、「功」を成す様子を描いた。

最後は、記念切符発売の顛末劇を紹介しよう。


記念切符の中には、首を傾げたくなるようなものがある。

「うちの会社が記念切符を発売するようなことか?」

というような、鉄道会社との繋がりがよくわからない記念切符だ。
正直、社内の筆者にも経緯が良くつかめないものが多かった。

その最たるものが「参議院50周年記念乗車券」。

後から調べてみると、JR各社の共同企画だとか。
参議院の50周年と、鉄道会社にどんな関係あるのか。

逆に、社内の人間よりも、切符マニアの人の方がよっぽど詳しいのではないだろうか。

こんな良くわからない記念乗車券を、ある駅長は手を挙げてたくさん割り当てをもらってきてしまった。
支社営業部から来た人なので、手を挙げざるを得ないし、営業部長の手前もある。

「俺は、この営業部長の人脈に連なっている」

という自負もあり、この格調高そうな記念乗車券を売って、文字通り自らの記念乗車券にしてやろうという思いに駆り立てられてしまったのだ。


さて、これを売ることになった駅員。記念乗車券の束を前に言葉を失った。
印刷代が高そうな、A4サイズのきれいな紙である。
どこが「乗車券」なのかと思ったら、下部が何枚分かの切符となっていて、ハサミで切り離して使えるようになっている。

「こんなの絶対に切符としては使えないね。」

改札担当の駅員からも本音が漏れる。
すでに自動改札が全面的に普及している時代である。こんな切符を持って来られても自動改札は通れないし、ハサミで切り離されていれば改札窓口でも本物かどうか判断できない。
事実上、使うことができない切符である。

「マニアはこれを買って額にでも飾るのか?」

マニアの気持ちは、社員にも良く理解できない。こんなものでもよろこんで買う人がいるのだろうか。

鉄道会社というのも変なところで、採用選考ときにはマニアを避け、社内のマニア志向は忌み嫌うのに、マニア向けの商品は結構売り出す。
これもその一つだろう。
事実上、使うことができない切符をつけることで、A4の紙を1,000円で売るというのは、一般客から見ればひどい商売としか言いようがない。


実際に駅で売り始めてみたが、さすがに売れない。
時々「子供のお土産」と言って、一般の方が購入されるが、売っている方の良心が痛んでしまう。
自分が客だったら絶対に買わない商品である。

売る方の士気も上がらず、そもそも商品企画に問題があるので、総数で見れば全く売れていない状態だった。

「こんなに売れなくて、偉い人の立場は大丈夫だろうか。」

そんな心配を現場がするようになったとき、駅長がポケットマネーで数百枚買ったという情報が飛び込んだ。
もはや、社内で吸収するしかないのだ。
駅長がここまで大きく自腹を切れば、助役が何もしないわけにはいかない。
社内で誰も責任を問われることがない程度に内部で消化した。

とんだ記念乗車券顛末記である。それだけ平和な業界なのである。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 00:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生まれてくるのが遅すぎた

生まれてくるのが遅過ぎた。

伊達政宗。またの名を独眼竜政宗。
米沢城主の身で、周辺を制圧して奥州南部を手中にした覇者である。
しかし、関東に覇を広げる頃にはすでに豊臣の世になり、天下は平定されるところであった。

政宗の前に立ちはだかった豊臣秀吉は、全国の軍を引き連れて北条攻めに向かう。
天下人の前に成すすべなし。政宗の野望はここに終わり、秀吉に臣従することとなる。

 「あと20年早く生まれていれば・・・」

と、政宗はつぶやいたと言う。20年早く生まれれば、自らが天下人になっただろうという強い自負があったのだろう。

旧国鉄の鉄道会社への就職を志望し、社内で天下を取ろうと考えている学生諸君。
諸君も、鉄道会社に入り、出世競争を生き抜いたとしても、最後には政宗と同じ言葉をつぶやくことになるかもしれない。

何度か触れたが、国鉄末期と民営化直後は採用を行っていない。つまり、社員の年齢構成に大きなアンバランスが残っているのだ。
民営化後、思った以上に経営状況が順調で、大卒総合職の採用再開に踏み切ったのは平成の幕が上がるころである。

このとき入社した人たちは、社内でも社会的にも大きな脚光を浴びた。
民営化成功の象徴でもあり、しがらみなく新会社を担う人材の初登場である。
さらに、女性の採用が目新しく映った。泥沼の労使関係を抱えて倒れた国鉄が、女性の幹部候補を採用したことで新会社のイメージは刷新されたのだ。

大きなプレッシャーの中で育った彼らだが、出世競争では圧倒的に優位であった。
自分より上の世代が、ポッカリと空いているのである。
彼らは今日まで、順調に、急速に出世している。
民営化後、大卒の採用を大量に増やした某社も、この代だけは国鉄の幹部候補生と同様の急階段を上った。
現場採用のたたき上げで、競争に勝った一握りの人が最後に手に入れることができる、大きな現場の現場長ポスト。彼らは30代で踏み台のように通り過ぎた。
グループ経営強化を打ち出された頃、関連会社の社長の椅子を、退職前の天下りポストから本社課長クラスのポストに変えた。そのとき、彼らがちょうど本社管理職になるのである。


しかし、時は過ぎた。
大卒の採用の多い会社では、すでに大卒総合職(ポテンシャル採用)が社内に満ちている。国鉄時代の幹部候補生とは、希少価値において天と地の差がある。
現場→支社→本社→現場(管理職)と続く彼らの人事コースも変わってきた。
支社、本社のポストが空かなくなり、現場で過ごす年数がどんどんと伸び、出世のスピードも遅くなる。
また、ついには本社のポストが足りず、本社が未経験になる人も珍しくなく、むしろその方が主流にすらなっている。


野心の強い政宗は、理屈では分かっていても、秀吉に臣従する決断をするのに苦しんだ。
鉄道会社でも、我執をむき出し、出世競争に邁進すればするほど、時代の宿命に屈するのに苦労するかもしれない。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 15:15 | Comment(4) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コネ入社の2世社員(1)

小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎。ここ数年の日本の総理大臣を見ても、政治家一家からの輩出である。
今の閣僚にしても、鳩山邦夫、中曽根弘文、浜田靖一、小渕優子と、同様に有名政治家の子、孫が多い。
閣僚は世襲制なのか、貴族制なのか、と揶揄したくなる。

彼らは、選挙の地盤を引き継ぐから世襲になるのだろうが、民間企業の鉄道会社でも縁故によるコネ入社があるので、2世の社員は少なくない。
「鉄道一家」といわれるように、親子だけでなく、兄弟、親戚を含め、一家で鉄道という人もいるほどだ。

(内定へのスペシャル切符)
http://railman.seesaa.net/article/14104269.html

2世だろうと鉄道一家だろうと、普通に働いてくれれば問題はない。もちろん、目立たず、普通に働いている人の方が多い。
ローカルな地域では、役所、警察、消防などと同様、鉄道は貴重な雇用の受け皿となっている。そのため、一家や代々で鉄道で働くこともある。
そういう、地域に根ざした、現場で働く人々は、2世でも一家でもほとんど気にかからない。

(現場採用のオヤジたち)
http://railman.seesaa.net/article/113213075.html

問題なのは、出世街道を歩む、大卒総合職の縁故入社の一部の社員。
彼らは、学歴もそれなりのものを持ってコネで入社してくるので、当然、管理者にもなる。
管理者の中にはとんでもないのがいるが、とんでもない2世管理者が多いのである。
(2世だから目立つ、というのもあるが。)
鉄道会社での出世は、個人の能力を評価しにくいだけに、政治的なものになりやすい。そのため、どうしても、親が上位職の人に対しては、出世、配属で配慮されやすい。


【困った2世社員ファイル(1)】
「おい、うちの乗務員が戻ってこれないじゃないか!ダイヤを下手に触るな!!」

ダイヤが乱れたとき、社内では怒号が飛び交う。
混乱しているとき、大声を上げている方が英雄的に見えてしまうので、役にも立たないのに怒号だけ上げる人が多い。
(大概、映画などでも、混乱時に英雄は叫んでいる。冷静な顔をして淡々としていたら見応えがない。)

だが、実際には、役に立たないお馬鹿な管理者こそよく叫ぶ。
冒頭、叫び声を上げたのは、乗務員区の区長。大卒総合職の2世社員。
人身事故などで運転が停止した場合、指令室ではどんどんダイヤを運休にさせていく。
当然のことだ。列車が止まっているのである。運休でダイヤを減らさないと、運転が再開したときにダイヤが平常に戻らない。
それも、特急や新幹線と違い、一般の列車ならば座席の指定もないのである。
運休にして、ダイヤを溢れさせないようにする、車庫に取り込める車両は取り込んで、車両が線路上に溢れるのも防ぐ。これが混乱を最小限に抑えるための基本。
運休をしないと、90分運行が止まった場合、運転再開時の遅れは全列車で90分。遅れは拡大し、90分では済まなくなり、何よりいつまでたってもダイヤは乱れたまま。列車はスムーズに動かず、どの列車もすし詰め状態。
それが何時間も続く。そうなったら最悪なのだ。

ダイヤが乱れると、乗務員は勤務上、確かにつらくなる。ダイヤが正常ならば乗務を終え、区所に戻って勤務終了となるところが、列車の運行が止まったことで帰れなくなる。泊まり勤務の終わり間際、ダイヤ乱れで
帰れなければ確かにつらい。
しかし、ダイヤ乱れの時には、まずは混乱が最小限になるように間引きを行い、その後で乗務員や車両の整理を行うのである。列車が動いていないのだから、乗務中の乗務員を解放させる手段はない。

乗務員区では、乗務員の勤務の調整、乗務員をダイヤに漏れなく張り付かせるために混乱する。それも仕方がないことである。
そういうことが分かっているのかいないのか、混乱時、英雄顔で無理なことを叫ぶお馬鹿な区長は、

「お前らのダイヤの回し方が悪いから、うちの乗務員が帰れないんだよ!」

と叫ぶ。
そもそも、区長が指令に怒鳴るのが異常である。指令と連絡をするのは区長の仕事ではない。

こういう人に邪魔をされないように、指令には「支社長代行」という特別な権限が与えられている。横から、役職者がゴチャゴチャ言ってきて、混乱に拍車をかけさせないようにしているわけだ。

しかし、「支社長代行」の印籠の前に平伏すわけではない。大きな声で文句だけたっぷりと言い、周囲に「指令はアホだ」と言いふらすことで、責任転嫁の自己弁護をする人が多い。
残念ながら、そういう困り者が、現場の区長ともなればたしなめる人もいない。これよりも上位の人は事情を知らずに納得するか、事情を知って眉をしかめても、人事異動が頻繁なので、短い期間の辛抱と口をつむぐ。

周りから疎まれながらも、そこそこのキャリアを歩んでしまう困り者。
確かに、昇進試験ではこういうお馬鹿加減は数値化されない。憎まれっ子は、世にはばかるものである。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 11:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コネ入社の2世社員(2)


【困った2世社員ファイル(2)】

鉄道会社というのは、労働組合が強く、労務管理のウェートが非常に大きいところである。会社と対立している労働組合もあり、管理者に対して敵愾心を持っている社員もいる。
そのため、この世界で管理者としてマネージメントをするには、それなりの素質が必要になる。

 ・腹が据わっていること
 ・慎重でうかつな発言をしないこと

これらは最低限備えておくべきものだ。

例えば、敵対的な組合に所属する社員がミスを犯したとする。技術系の現場の場合、人為的ミスをヒューマンエラーと言うが、整備中に開けたカバーを終了時に完全に閉めなかったり、切ったコックを復位するのを忘れたり、様々ある。
ヒューマンエラーが発生すれば、当然のことながら、管理者は当事者の社員から聞き取り調査を行い、指導する。

しかし、相手が敵対的な組合に属していると、慎重に腹を据えて対応しないと面倒なことになりかねない。

聞き取り調査、指導を一通り行った後、報告書を作成しているところに、突然、当事者でもない凄みのある男が、助役に申し入れをしてくる。

「おい、助役。今回のヒューマンエラーについて、話がしたい。」

不気味だが、大学卒の線の細い管理者でも、負けてはいけない。

「何ですか。」

「今回、聞き取りだか、指導だか知らないが、通常よりも監禁時間が長い。これは、組合差別だろ。」

「監禁なんかしていない。聞き取り、指導の時間も他の人と変わらない。」

凄みのある相手でも、管理者は恐れず、慎重に、腹を据えてしっかり対応すれば良い。

「そうか。それならいいけどよぉー。」

労働闘士もそれ以上は何も言わない。

「く、組合とか関係ないけど、最近ヒューマンエラーが多いし、あの人は自覚もあんまりないし。」

こんな揚げ足をとられるようなことを言えば、

「何を根拠に自覚がないとか言っているんだ!根拠を言え!それに、最近ヒューマンエラーが多いのは他の組合の奴らが多いからだろう。完全に組合差別だ!」

と、組合問題にさせられかねない。


さて、ある大卒総合職の2世社員。管理職にはなったが、腹も据わっていなければ、余計なことまでペラペラしゃべる、安定感のない男である。しかし、父親がそれなりのクラスであるため、獅子の子を谷底に突き落とすようなことはできない。つまり、現場に送り出して、社員から突き上げを受けさせるわけにもいかないのだ。

まだまだ過激な労働闘士も多い時代だったので、現場には据え付けるポストはなく、非現業でいくつかポストを回したが、事務、企画の能力もなく、たらいまわし。
そして関連会社へ長らく出向することになった。ある意味、厄介払いである。

さてさて、時は経ち、社員の若返りも進むと、第一組合の比率も高まり、穏やかな現場も増えてきた。
そこでこの2世社員も現場長として本体で返り咲く。栄転である。
出世は、個人の才覚以上に運が大きい。人事異動の玉突きで、うまい具合に弾かれれば、能力がなくても上に登ってしまう。
この人も、出世の順番こそ早くはなく、遠回りをしてきたが、親の七光りもあって、人事的に悪い扱いは受けなかった。それなりのポストが回ってきたわけである。

現場長として着任した後は、言動も的外れであったり、軽率であったり、現場のトップとしての重みはなくて浮いた状態になった。これは案の定の展開だが、穏やかな現場なので、表立った突き上げを受けることもなく、影で文句を言われ、あまり相手にされないお飾りの現場長となった。
現場ではお飾りになったものの、毎朝コーヒーが用意され、あとは毎日の報告を偉そうに受けるだけなので、悪くないポストである。

現場に籠っていればお飾りの大将で結構だが、馬脚を隠せないところは当然ある。
支社で、現場の年間計画を発表する席。車両メンテナンスの現場としては、主に故障対策の計画を発表する場となる。
そこで当の2世の現場長、数十人のトップとして堂々と、

「我が車両センターでは、車両の故障を減らすため、新車の導入を強く希望します!」

と、現場の目標、施策は放っておいて、新車導入を要求。その場には新車導入の権限を持つ者などなく、一同唖然。

まぁ、バカ殿様でも、部下がしっかりしていれば、現場はなんとかなるものである。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 20:20 | Comment(5) | TrackBack(0) | 鉄道会社の出世競争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする