前回、駅長について書いた。
http://railman.seesaa.net/article/38855396.html「ルーチンワークに耐えたのが鉄道人生の前半、中間管理職の悲哀に耐えるのが後半。」
そこまで耐えた人に、ご褒美として駅長のポストが与えられる。
ご褒美ポストの駅長は、特に何もしなくても無害。
「鉄道というシステムは、各社員が決められたとおりに動けば、駅長などまったくの無用の長物である。」
ここまで書いて、歴史が好きな私は、江戸時代の将軍職を思い出した。
徳川15代将軍の中には、病弱であったり、若死にしたものが多い。
戦国乱世ならばいざ知らず、強固な江戸幕府下では、将軍職が子供でも病弱でも、幕府や徳川家を揺るがすものではない。
鉄道も同様である。「長」が現場で強力な指導力を振るわなくても、鉄道システムはすぐには揺るがない。現場の士気を下げない程度に務めてくれる現場長であればいいのだ。
しかし、せっかく「長」になったのだから、何か名を残すような仕事をしたいと思うのが人情。
ルーチンワークが基本の職場で、その職場から成り上がってきた駅長に、創造力を発揮した仕事などできるのか。
ここで、ある中規模駅の駅長を取り上げよう。
駅長のポストはあまたありと言えども、このポストはワンランク上、周辺地域のリーダー格を自認。
支社経験もあり、酒も強いので顔が広い。
頭が切れるわけではないが、
「うちの会社も変わらないとダメなんだ!」
とタイミングよく放言するので、上の覚えがいい。豪胆な放言のようでも、内容は上司の追従をしているだけなので、中身はない。
つまり、出世しやすいタイプなのである。
この駅長、在職中に功を挙げるため、2つのことを心に秘めていた。
1つ、他労組に属する中堅社員を手なずけ、組合を変えさせる
2つ、記念切符を企画し(あるいは支社にさせ)、自分の駅で売る
1つ目は、創造性はないが、最大の「功」となる。
他労組の社員と言えども、現実では職場を支えている人材がいる。現場の仕事に精通していれば同僚の信頼は集まり、また管理者に反抗的な姿勢も、時にはかえって信頼を集めてしまう。
こういう人を第一組合に転向させれば、職場内で他労組が勢力を広げる可能性を完全に摘み取れる。
鉄道とは労務である。
中核となる人材を転向させられれば、社内最強部門の人事、第一組合から、一気に高い評価を得られ、ひいては支社内の耳目を一身に受けることができる。
これを成し遂げ、
「あの駅長になってから、職場の組合の力も落ちて、がらりと駅の雰囲気が変わった。あの駅長がターニングポイントを作ったんだ。」
と後々までも言われたい。
たちが悪いが、この駅長は「改革派」の切れ者だと自惚れているため、この一番の手柄を求め、助役に必要以上に発破をかける。
「お前らが率先して職場を活性化させないから、他の駅員がついてこないんだ!懇親会を企画しろよ!」
鉄道の人間の典型だが、社員と酒の席で打ち解けることが、職場改革の定石と考えている。社内もそういう風潮である。
今回の戦略でも、まずは標的に酒の席で近づき、他労組に属しているが故の、人事冷遇の不満を聞きだし、心を開かせるつもりだ。
「おい田中、ご苦労さん。」
標的である田中(仮名)が、やっと自分が参加する酒の席に姿を現した。
他労組の人間と大っぴらに業後に会うのは支障があるが、今回はその口実も立ててある。
現場の猛者も、助役とは違い、相手が駅長であれば一歩構える。即座に噛み付くことも、無視することもできない。話を聞かざるを得ない。
「子供はまだ小さいらしいな。可愛いだろ。」
小さい我が子の話をされて、頬が緩まない親はいない。
さらに、他労組に属しているおかげで、昇給のスピードが遅いことに田中自身も悩んでいた。小さい子供の親として、やはりより多くの給料を家庭に持ち帰りたい。
「田中もまだ若いからな、これからしっかりやらないとな。」
巧妙に、「これからしっかり」の言葉の裏に、重たい内容をしのばせる。
田中にとって、否、多くの現場社員にとって組合問題は、今まで面倒を見てくれた先輩との人間関係であり、地元での人間関係である。
人間関係と会社施策に挟まれ、個人は苦しむ。
結論から言うと、駅長のこの一番目の「功」は成し遂げられた。
駅長が辣腕だったわけではないが、田中個人の悩みが行き詰る時期に来ていたのだ。
内情に詳しくない人から見れば、駅長の手腕による成果であり、「功名」である。
田中は次の人事異動で職場を移り、そのタイミングで組合を転向した。
元の職場で村八分にならないようにするための会社施策である。
なんとも胸の中が晴れ渡らないような気持ちになるが、これが鉄道である。
長くなったので、もう一つの功名についてはまた次回に譲ることにしよう。