人身事故・鉄道雑学

 「明暗分かれる鉄道ビジネス」

佐藤 充 4年ぶりの書き下ろし!
沿線に住民がいる限り、あるいは東京~大阪を移動する人がいる限り、JR東日本やJR東海には金が落ちる。その金額は2〜3兆円にもなり、まさに「金のなり木だ」。一方、需要の少ないところではいかに身を切る努力をしても経営が成り立たない。
JR各社と大手私鉄の鉄道ビジネスを俯瞰的に見渡しながら、儲けの仕組みを解き明かす。
2019年9月30日発売

鉄輪

今回は鉄道の雑学を紹介することにしよう。

鉄道というのはその名の通り、鉄製の線路の上を鉄製の車輪が走る乗り物である。
アスファルトの上をゴムの車輪が走る自動車とは、色々な点で大きく異なる。

何が一番異なるかといえば、摩擦。
自動車の場合は摩擦が強いので、強い加速・減速ができるが、逆に常にアクセルを踏み続けないとすぐにスピードが落ちてしまう。
鉄道の場合は、加速・減速は非常に悪いものの、一度速度が出てしまえば、後は惰性で走る。
「昼下がりの運転台」

車の感覚からすると非常に不思議だが、駅間を惰性で走っている列車は、エネルギーを消費しないで移動しているのだ。
(中学・高校の物理を思い出しますね。ニュートンの慣性の法則ですよ。)


摩擦が少ない鉄道では、非常ブレーキなどを使うと、車輪がロックしてレールの上を滑ることがある。そうすると、レールに接している車輪の一部が高温になり、その部分だけ硬くなってしまう。
周りよりも硬くなってしまった部分は、ひどくなると「剥離」といって車輪から剥がれ落ち、表面が凸凹になる。

このままだとガタガタ走る車両になってしまい、乗り心地が悪くなるが、その場合どうするか?

自動車の場合、磨り減ったタイヤは溝を切りなおしたり、交換するだろう。
しかし、鉄道の車輪には、溝もないし、いちいち交換していたら大変だ。

このような場合に鉄道では、車輪の外周を削り、円を出しなおすのである。

さらに、車輪ほどではないが、レールでも同様に表面が傷んでくるので、定期的に削る。


このような乗り心地に関するところは、同じ会社でも、(安全が担保されている範囲内で)線区によってメンテナンスレベルは差別されている。

乗客数の多い線区では、かなり細やかに車輪が削られるし、ローカルだと多少ガタガタでも走らせてしまう。
車輪やレールの表面だけではない。レールの高低差・左右ずれ幅、土砂の水はけ・ノリ面補強など、すべてにおいてローカルは規定が緩く、メンテナンスに費用をかけない。

仕方がない。売上の少ないところは、かける費用も少なくなるのが経営論理だ。
ローカル線区は乗り心地も悪いし、自然災害にも弱い。


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 11:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年を越せない人々

鉄道会社の社内では、特別な一斉放送で、各現場、支社に列車の運行情報を流す。

「指令室より、列車運行情報についての情報です。」

「○○時△△分頃ですが、□□駅にてポイント不転換が発生したため、▽▽線は現在上下線とも運転を見合わせています。」

などなど。

設備担当は、設備故障の情報にドキッとし、車両担当は車両故障の情報にドキッとさせられる。楽しい情報などは流れてこない。


その一斉放送、年の瀬のこの時期には、なぜか「人身事故」の情報が増える。

筆者は鉄道に入る前、「人身事故」といえば、ホームでの列車とお客さんとの接触事故のことだろうと思っていたが、実態は大きく違う。
「人身事故」といえば、列車への飛び込み自殺である。

飛び込み自殺に季節など関係なさそうだが、やはり年の瀬は多い。
指令室からの一斉情報を聞いていると、(他社線も含め)近隣各県のどこかで、毎日人身事故が発生しているような状況だった。


筆者のようなサラリーマンには良く分からないが、金策に走る人々にとっては、年を越せるかどうか、瀬戸際に立たされるらしい。
(そのうえ、当時は不況の真っ只中。)

また、経済的な理由でなくても、クリスマス、正月とにぎやかな季節は、孤独な人たちが余計に孤独を感じてしまうのだろう。

とにかくこの時期、人身事故は多い。五月病と言われる時期も人身事故は多そうだが、年の瀬の方がよっぽど多い感じがする。

逆に、「人身事故」の増加で、年の瀬が迫っていることを感じるのが鉄道マンである。


「指令室より列車遅延についての情報です。」

「○○時△△分頃ですが、□□駅にて人身事故発生…。」


一斉放送を聞く設備担当、車両担当は、「列車遅延」の言葉にドキッとするが、「人身事故」と聞いて胸をなでおろす。次いで、設備や車両が壊れなかったかを心配する。
不謹慎な話だが、人身事故が日常茶飯事なので、死者を弔う気持ちより自分の仕事への影響を心配する。
列車が遅れた原因が、設備や車両ではなく、死体ならば責められない。
posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雪の日のカンテラ(1)

今年(2006年)の寒波はすごい。
雪国ばかりではなく、小笠原のような南国まで雪が降ったりしている。

今回は、雪が少ない地域で雪が降った場合、鉄道の舞台裏がどういう状態になるのかを紹介しよう。

雪の少ない地域で雪が降ると、鉄道というシステムは非常に弱い。
(自動車も弱いが。)

ダイヤは間引きされ、そのうえいたるところで列車が止まる。
夜中に降る雪ならともかく、夕方あたりから降り始める雪だと、帰宅者は足を奪われ、影響も非常に大きい。

「どうしてこんなに電車が止まるんだ!」

と怒りの声も聞こえるが、舞台裏もかなりつらい。


雪はいたるところでトラブルを引き起こすが、その第一が「ポイント」。
レールの分岐点で動作する「ポイント」である。

言うまでもないが、鉄道は進路制御をインフラ側のレールで行うシステムである。

これが非常に原始的な仕組みで、稼動部がむき出しになっている。

雪の日はこのポイントがまずネックになる。
稼動部に雪が落ちたり、あるいは(車両がベタ雪とともに運んでくる)バラストが落ちて稼動部に挟まると、「ポイント不転換」。

雪の日は、このポイントを守ることから始めなければならない。

ポイントがたくさんあるところと言えば、ターミナル駅や車庫(電車区)。
特に電車区は広大な土地に車両を停めておくところなので、ポイントの数も非常に多い。

電車区のポイントが不転換になると、車両の出し入れができなくなり、ダイヤは大混乱。車両だけでなく乗務員の運用も乱れるので、収集がつかなくなるのだ。

では、ポイント不転換はどうやって防止できるだろうか。
バラストの介在は予防が難しいが、雪の介在ならば「カンテラ」で予防できる。

カンテラをご存知だろうか。
小学生や中学生のころ、アルコールランプを理科の実験で使っただろう。
カンテラはあれの灯油版だ。

灯油を貯める部分に太い繊維の芯を挿し、そこに火をつける。
この火でポイントのレール部分を直接あぶり、温めるのである。
これで雪が溶けるという理屈だ。

カンテラによる原始的な雪害対策は、作業者にも大変な負担になる。

長くなってしまったので、詳細は次回に譲ろう。



鉄道マンの裏話を満載

社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話



posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 21:37 | Comment(5) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雪の日のカンテラ(2)

(前回までのあらすじ)
雪の少ない地域で雪が降ると、車庫(電車区)に多数あるポイントがネックになる。その融雪には、いまだにカンテラ(アルコールランプの灯油版)が使われている。


カンテラへの給油は、ポリタンクに灯油を満載し、それを運んで行う。

灯油を満載したポリタンクはとても重いが、車が乗り入れられないところにポイントが分散しているので、手で運ばなければならない。

手袋をしていても寒さで手の感覚が麻痺し、その麻痺した手でポリタンクを持ち、吹雪の中歩くのだ。

ポイントは膨大、敷地は広大。
大変な重労働である。


カンテラの灯油は3,4時間で枯渇する。
灯油の準備、給油を終えると、次の給油までそれほど余裕はない。

さらに、カンテラの火は灯油が切れる前に消えてしまうこともあり、その都度作業者が現場に急行しなければならない。


彼らは、昼間は車両の整備を行い、夜はカンテラ作業、日が明ければまた車両の整備をする。
始末に悪いことに、カンテラは煤がつく。使った後は掃除もしなければならない。

雪の晩が2日も続けば倒れてしまうだろう。


厳しいのは、寒さや重さだけではない。
吹雪になれば視界がなくなり、雪で音も消える。列車が近づいてきてもわからない。

怖いのだ。

一応、管理職社員が見張りをするのだが、頭の悪い人もいる。
(所属する組合や政治的な要因もあり、頭の悪い人でも管理職になってしまう。)

ダイヤはろくに確認しない。作業者ばかり見て列車が来るほうを監視しない。

作業者も早く終わらせたいため、だんだん分散して作業をし始める。

統率者不在で危険度は増すばかり。
(そのうえ、ポイントは転換するので、気をつけないと挟まれる。)


作業者が大勢いた昔ならばいいだろう。
しかし、車両の進歩により車庫で働く社員は減り、時代とともにこの作業負担は大きくなった。

社員の年齢構成の偏りもある。
20代の社員もずいぶん増えたが、年齢構成の山は50代。体に不調を抱える人も多く、見た目も「おじいいさん」になっている社員が多い。

ただでさえ冷え性のおじいさんたちが、雪の中で作業するのは見ているだけでつらい。

さらに、労務が厳格な鉄道ならではの事情もある。

車庫には、技術職の社員ばかりではなく、事務職の社員もいる。
しかし、労働内容が明文化されているため、事務職社員がこのような技術職の仕事をすることはない。
(まるでアメリカだ。)


それでも、雪の少ない地域では、二晩続けて雪が降ることが極めてまれなので、雪害対策への投資は行われにくい。
大雪に見舞われて過酷な状況にならないと、投資の理由ができない。


広い車庫で、カンテラの炎がチラチラと瞬く。その幻想的な光景に、見る人が見れば、

「この昔ながらの美しい光景は、これからも残していきたい。」

などと言いかねないが、冗談ではない。

                               終わり



鉄道マンの裏話満載

社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話



posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 22:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人身事故(1)

1周年最初のテーマは、(おめでたいのとは正反対の)人身事故。
気がつけば、季節は五月病の憂鬱な季節。
(※この記事は、2006年5月18日に公開しました。)

4月からの新しい環境に慣れず、疲れた人たちは、寂しさ、虚しさに苦しみ、ホームに入ってくる電車を見ると、ふらっと吸い込まれそうになる。

ホーム担当の駅員に言わせると、自殺しそうな人は、見れば分かるのだそうだ。
心ここにあらず、ボーっとうつろな目をしていて、声をかけるとハッと我に返る。

自殺する人も色々だろう。中には覚悟を決め、しっかりとした意識を持って死ぬ人もいるだろうが…。

今回はイントロダクション。人身事故に関する鉄道隠語を最後に紹介して、続きは次回に譲ろう。

鉄道では、人身事故やその遺体のことを「マグロ」と言う。
由来は良く分からないが、マグロも轢死体も「赤身」だからだろうか。
死に方をよく考え、覚悟を持って逝く人は、「マグロ」になる鉄道自殺は選ばない。

続く



    人身事故に遭った車両を洗う話(拙著「鉄道業界のウラ話」の紹介)



私は率先して車両の下にもぐり、調査を始めた。怖気づかずに床下機器にライトを当てる。 「うっ、くさい!」 視覚にばかり注意を払っていたが、最初に強烈な刺激を受けたのは嗅覚だった。 (確かにこれはマグロをやった車両だ) しかし、人間の体というのは、こんなにも強烈なにおいがするものなのか。 皮膚に覆われているから普段はにおわないが、内臓というのは強烈にくさい。 呼吸を抑えながら、ライトを床下機器に向けて点検すると、運転台の下の機器はきれいだったが、その後方の台車は血に染まっていた。 「うわぁ。台車のあたり、かなり汚れています!」 「こりゃ、ひでぇーな」 後から車両の下にもぐってきたベテランも、声を上げた。


2010年3月単行本

2012年4月文庫本化(650円)


   ストレスに負けない生活




自殺する原因も様々だが、高齢者などの病気を苦にした自殺で、鉄道に飛び込む人は少ない。通勤・通学途中の健康な人が飛び込んでいるケースがほとんどである。
「健康な人」と書いたが、外見的にそう見えても、多大なストレス、鬱のような精神的疾患を抱えていたことだろう。
精神的疾患とまでいかなくても、ストレスが溜まり、ボーっとホームに立っているとき、力強く近づいてくる列車に吸い込まれそうになった経験は多くの人が持っているのではないだろうか。

現代社会に生きる人間にとって、ストレスに日々さらされるのが必然なら、ストレスを解消したり、ストレスに対する抵抗力を強めて、溜め込まないようにしなければならない。

私も仕事で強いストレスを受けたとき、半日休暇を取ってこの本を読破し、この本に書かれているリラクセーションを試した。
急に元気になるような特効薬ではないが、東大の学者が書いているだけあって合理的である。
精神的疾患に至る前にリラクセーションで「ストレスに負けない生活」を送り、それでも不調を感じてしまったら、すぐに病院に行くべきだ。

 「ストレスに負けない生活」熊野宏昭 2007/08 ちくま新書





    発行から1周年




おかげさまで、「鉄道業界の舞台裏」も1周年を迎えることができました。
今では、読者登録してくださっている方も540人を超え、ホームページも毎日150人以上の方々に見ていただいております。
(※この記事は、2006年5月18日に公開しました。)

1年前、筆者が「鉄道業界の舞台裏」を始めた動機は、鉄道が人々に身近な一方、その実態が知られていないギャップに問題を感じたからです。


イメージだけで鉄道業界に就職する若者。これは、本人にとって非常に不幸なこと。
公共的で平和なイメージの業界は、実は労務が中心のドロドロした世界である。
業界のことを知らずに就職すると、本人は戸惑い、悩んでしまう。
家族や周りの人も、優良企業の鉄道会社に問題があるとは思わず、本人に問題があると考えてしまう。

ドロドロした舞台裏があるのは鉄道だけではないが、イメージとの乖離の激しさは、他の業界よりも激しい。

筆者は、鉄道の世界に飛び込む若者、その家族には、OBとしてエールを送る。しかし、実態をよく理解してから入って欲しいと思う。


就職する人ばかりではない、毎日の通勤・通学に命を預けている利用者にも舞台裏を知って欲しい。
福知山線の脱線事故の前は、「命を預けている」という意識などなかっただろうが、鉄道も、安全を第一にしないと大惨事を招く。

しかし、鉄道の安全について発信する識者は、航空の世界に比べて少ない。
航空は、元パイロットなどの内部を知る人々や、多くの専門家が発言しているが、鉄道の内部事情者からの発言はほとんどない。


長くなりましたが、これからも「鉄道業界の舞台裏」をご愛読していただきますよう、心よりお願い申し上げます。




    関連コンテンツ




  ○ 人身事故(1)

  ○ 人身事故(2)

  ○ 人身事故(3)

  ○ 人身事故(4)

  ○ ストレスに負けない生活


posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 20:43 | Comment(3) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人身事故(2)

前回は、人身事故の業界隠語を紹介した。
赤身なのが共通しているからか、遺体や事故そのものを「マグロ」と呼ぶ。


ホームの端、虚ろな目でレールを見つめる。

異常に疲れ、何もできない。
先のことを考えると滅入る。いや、暗澹となるだけで考えることすらできない。

逃げたいな…。

力強く駅に近づいてくる列車。その力強さに吸い込まれたら、楽になれるだろうか。


こういう人が本当に列車に吸い込まれると、人身事故の発生である。

残された家族、棄て去ってしまった自分の未来。
困難や絶望も、時間がたてば思い出になったかもしれないが、三途の川は戻れない。

残されたのは家族だけではない。自分の体もそうである。

車両に跳ね飛ばされてしまえば幸運。骨は折れ、手足がグニャリとすることはあるだろうが、それでも美しい姿で葬儀に出れる。

最悪なのは、車両の下に入ってしまった体である。
車輪や車軸に巻き込まれて肉片になってしまう。
内臓が出ると、人間の体というのはとてもくさい。独特なにおいがある。

筆者がこのにおいを知ってしまった後、映画で人が殺されるシーンを見ると、鼻がにおいを思い出して困った。
映画では、ヒーローが格好よく悪人を殺していくが、格好いいはずがない。
道義的なこと以前に、内臓が出ると悪臭が漂うのだ。


話が逸れた。人身事故の現場に戻ろう。

強烈なにおい、周辺に撒き散ってしまった肉片。そして、脂分が付くのか、
変に光る車両。
その中に、長い髪の毛が何本か混じっているのに気づいたとき、仏様が女だったことを知る。

鉄道マンにとっては、常に想定し、人生で何度か体験する事態ではあるが、慣れているような人はいない。
においを吸い込まないように近づき、手袋を使って「救出」を行う。「救出」というのは、死んでいるかどうかは医者が判断するとのことで、鉄道マンが判断することではないからだ。

呼ばれて駆けつける警察は、鉄道よりずっと慣れている。転がっている頭部を頭髪をつかんで「救出」する。
拾い漏れがないか確認し、見つからなければ見つかるまで探すのだ。

肉片になってしまった部分はさすがに集められない。血とともに洗い流されることになる。
軌道上では保線社員が、車両に撒きついたものは車庫で車両担当が行う。

そこへ、においにつられてカラスが集まる。
社員の清掃が終わると、カラスが最後の掃除を行う。


こんな無残な死に方をする人は、現世でどれだけ苦しんだのだろう。
痛ましい限りである。


続く




    人身事故に遭った車両を洗う話(拙著「鉄道業界のウラ話」の紹介)



私は率先して車両の下にもぐり、調査を始めた。怖気づかずに床下機器にライトを当てる。 「うっ、くさい!」 視覚にばかり注意を払っていたが、最初に強烈な刺激を受けたのは嗅覚だった。 (確かにこれはマグロをやった車両だ) しかし、人間の体というのは、こんなにも強烈なにおいがするものなのか。 皮膚に覆われているから普段はにおわないが、内臓というのは強烈にくさい。 呼吸を抑えながら、ライトを床下機器に向けて点検すると、運転台の下の機器はきれいだったが、その後方の台車は血に染まっていた。 「うわぁ。台車のあたり、かなり汚れています!」 「こりゃ、ひでぇーな」 後から車両の下にもぐってきたベテランも、声を上げた。


2010年3月単行本

2012年4月文庫本化(650円)


    関連コンテンツ




  ○ 人身事故(1)

  ○ 人身事故(2)

  ○ 人身事故(3)

  ○ 人身事故(4)


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人身事故(3)

前回は、人身事故の生々しい現場を紹介した。
独特な異臭を放つ内臓。車両の下に捲き込まれた遺体は悲惨だった。


【遺体は跳ね飛ばせ】

田舎を走る車両は、障害物に出会う可能性が高い。

犬や猫が飛び出すこともあるし、田舎だと狸や鹿も現れる。
踏み切りも多いので、車と衝突するかもしれない。田舎では、道路が鉄路を渡るところに踏み切りのないこともあるので、余計に危ない。

障害物が先頭車の床下に入ると大変である。先頭車の床下は、福知山線で有名になったATS(自動列車停止装置)などがあり、破壊されると回送するのも面倒で、修繕にも時間がかかる。

そのため、車両には前面に「スカート」と呼ばれるガードが備わっている。 
衝撃を吸収するため、割と柔らかい素材でできている。
高架や地下を走る車両には必要ない。動物や自動車に出会うことのないからだ。
しかし、現実には高架や地下を走る車両にも備え付けられていることが多い。飛び込んだ人間を跳ね飛ばすためである。

人身事故用に「スカート」を備える車両。なんともいえない嫌な気分になる。


【見つからない右手】

人身事故の現場でまず確認するのはその人の生死だが、バラバラになっている場合は、全身がそろっているかどうかを確認する。

前回も触れたが、出てくるまで探さなければならない。
鉄道の人間は、運転を再開したくてジリジリするが、全身そろわないと警察の検証が終わらない。

あるとき、どうしても右手が出てこなかった。

「おかしいな…」

鉄道の人間も、運転を再開させるために必死に探したが、出てこない。

※この続きは、拙著「社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話」で。

2010年3月単行本

2012年4月文庫本化(650円)


続く



    関連コンテンツ




  ○ 人身事故(1)

  ○ 人身事故(2)

  ○ 人身事故(3)

  ○ 人身事故(4)


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酔客の顛末

12月は忘年会シーズン。金曜日でなくても、夜の電車は酔っ払いが多い。
そんな酔っ払いに苦労させられるのが駅員である。酔って気が大きくなっているサラリーマンは、やくざよりも扱いにくいという。

「お客さん、起きてください。終電が行ってしまいますよ。」

ホームのベンチで寝てしまったサラリーマンを、駅員が体を揺すって起こしにかかる。

「うるせー、お前、誰に向かって文句言ってんだー」

中にはこんな手合いがいるから大変だ。泥酔して訳が分からなくなっているのだが、気だけは大きくなっているから駅員の言うことなど聞かない。
そればかりか、拳を振り回してくることすらあるので、駅員も体を揺するときには気をつけなければならない。顔を近づけていると、無意識に振り上げられた拳で鼻を殴られかねない。無意識ならばともかく、本気で殴ってくる客もいる。

やくざの方が心得ているもので、相手に怪我をさせればどういう結果(最悪、懲役○年)になるか分かっているから、迫力はあっても下手に手は出さなかったりするらしい。
しかし酔ったサラリーマンは、結果を考えずに突っかかってくることがあるので、扱いが大変である。

乗客に怪我をさせられれば、鉄道会社は全面的に社員を守り、泣き寝入りはしない。法務担当がいるので、示談金で決着がさせるか、決着しなければ告訴も辞さないのだ。

暴力を振るった酔客も、その瞬間はオスとして動物的闘争本能が発揮できて爽快な気分になるが、こんな表立つところでは法の裁きは免れない。
示談金を請求され、拒否すれば告訴。動物的には勝者の気分を味わっても、法の力には怯えて尻尾を垂れるしかない。
家族に知られれば軽蔑を受け、会社に知られれば職を失いかねない。痴漢と同じである。

駅員にとってみれば、示談金をもらえるとはいっても怪我はしたくないもの。こういう酔客はごめんだ。しかし、もちろん多くの酔客は従順なものである。

「お客さん、終点ですよ。」

終点の駅で、車内で寝過ごした酔客を起こす。

「んー・・・、乗り過ごした・・・。のぼりの電車は?」

「もう終わっていますよ。駅を閉めますから、出てもらえますか。改札に言って、ここまでの運賃を精算してくださいね。」

中長距離の路線だと、乗り過ごしの料金も高い。泣きっ面に蜂だが、寝過ごした自分が悪いと観念し、大人しく料金を払い、寒風が吹き荒れる中、外で始発電車を待つ。
八つ当たりもせず、悲惨な結果を受け入れる様は健気なものだ。

駅で起こしてもらえればまだいい。
電車が車庫に入るときは、一応駅員が乗客をいないことを確認することになっているが、なぜかそれでも回送車両で車庫まで入ってくる客が稀にいる。

「あなた、乗り過ごしですか?ここは車庫ですよ。」

駅ならばともかく、見慣れない車庫で気がつけば客も驚く。
事態が飲み込めない中を促され、乗務員室を通り、地面に降りる。ホームがないので、車両のステップを使って降り、着地するところはバラストである。さらにそのまま広い構内を歩かされて、門扉まで連れて行かれる。

「ここから駅までは歩いて20分くらいですから。タクシーもあんまり走らないからね。歩いた方がいいと思いますよ。」

車庫で発見されれば、乗り越し運賃を請求されることはないが、駅まで送ってくれるわけでもない。駅で起こされれば始発を待つだけだが、車庫まで来てしまうと、駅に戻らないと始発にも乗れない。

この客もすっかり酔いは覚め、言われるがまま、トボトボと駅まで歩いて帰った。
こんな失敗も旧年まで。この人にも明るい新年が訪れることだろう。

posted by 鉄道業界舞台裏の目撃者 at 23:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人身事故・鉄道雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人身事故(4)

「鉄道自殺を図った遺体の形状は、大まかに分類すると二種類に分けられる。「陥没系」と「切断系」である。」(「鉄道員裏物語」 大井 良 彩図社)
この私鉄職員が書いた本には、著者の人身事故体験が20ページ以上に渡って書かれている。
人身事故は鉄道現場の裏話の代表である。

遺体の形状分析を冷静に論じた後、核心の人身事故の処理体験と続く。
著者は若手の駅員。運悪く、その駅の近くで人身事故が発生し、駅の助役とともに現場に急行する。

「頭部の半分を失い、体は不自然に捻じ曲がり、右足からは皮膚を突き破って数本の骨らしきものが飛び出している。人形のように生気は微塵たりとも感じられない。」(同書)

現場の鉄道員が書いた本はいくつかあるが、この本は最近出版されたので入手がしやすく、描写や文章の展開がうまい。
(※この記事は、2008年12月に公開しました。)

「恐怖心がないわけではなかったが、それよりも業務だという責任感が体を動かした。」(同書)

読者を主人公(著者)に感情移入させながら、生々しい現場をしっかりと描写している。まるで小説のようである。すさまじい状況ながらも、冷静に対応しようと頑張る著者の視点で描かれているので、読者も夢中で読み進められる。

人身事故の体験以外は、場面展開の乏しくてストーリー性が弱かったり、現場駅員の視点だけで多角的でなかったり、ちょっと淡々としたエピソード集のようになってしまっている。逆に、それだけ人身事故は現場における最大の事件なのだ。

人身事故になると、現場の運転士、駅員、保線はグロテスクな場面に遭遇し、鉄道の外からは警察が登場し、車掌、ホーム担当、改札は溢れる客の対応で大わらわ。
電車が止まるとともに、乗客は戸惑う人、怒る人、事故に興味をもつ人など、今まで無表情だった一群が、大いに乱れ始める。
現場から離れたところでも、指令、乗務員区などは乱れるダイヤに巻き込まれながら活況を呈する。
そんな中、自殺した仏様は、様々な苦難があった人生に別れを告げ、無残な体を残しながらも静かに旅立つ。

役者は全員舞台に上がり、それぞれの役割で、色々な動きをする。それも、すべて一点の人身事故から広がるのである。
自殺した人、ショックで真っ青な顔をする運転士、そんな現場には無関心で、自分の予定を狂わされて怒る乗客、腕の見せ所と張り切る乗務員区の助役と指令。
それぞれの人生が露骨に見える瞬間であり、それでもそれらの人生は交錯せず、各々のベクトルを持つ。
人身事故から、現代の都市社会の一面が見える。



    人身事故に遭った車両を洗う話(拙著「鉄道業界のウラ話」の紹介)



私は率先して車両の下にもぐり、調査を始めた。怖気づかずに床下機器にライトを当てる。 「うっ、くさい!」 視覚にばかり注意を払っていたが、最初に強烈な刺激を受けたのは嗅覚だった。 (確かにこれはマグロをやった車両だ) しかし、人間の体というのは、こんなにも強烈なにおいがするものなのか。 皮膚に覆われているから普段はにおわないが、内臓というのは強烈にくさい。 呼吸を抑えながら、ライトを床下機器に向けて点検すると、運転台の下の機器はきれいだったが、その後方の台車は血に染まっていた。 「うわぁ。台車のあたり、かなり汚れています!」 「こりゃ、ひでぇーな」 後から車両の下にもぐってきたベテランも、声を上げた。

社名は絶対明かせない 鉄道業界のウラ話」より 

2010年3月単行本

2012年4月文庫本化(650円)


    関連コンテンツ



  ○ 人身事故(1)

  ○ 人身事故(2)

  ○ 人身事故(3)

  ○ 人身事故(4)


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